冬服最高や!

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こんにちは、もしくはこんばんは。


皐月 玲です。


いやー、冷え込みますね。
まるで刺すような寒さです。


しかし、僕としてはいよいよ、
冬服が着れるので嬉しい限りです。


冬服の方が、夏服と比べて、

イイ感じに盛れますからね。




盛れますからね。


盛れますから…。


盛れ…。





…。





嗚呼。




皐月の人生。

振り返れば、盛り続けて来たばかりの人生だったなぁ。。





早熟な僕は、


小学生で、盛ることを覚え。


中学生で、さらに盛ることを覚え。


高校生で、とことん盛ることを覚え。


大学生で、圧倒的に盛ることを覚え。


大学院生では、ついに話まで盛るようになってしまいました。







けれど、皆さま。

どうかご安心ください。




25歳の頃からでしょうか。


僕は話を盛ることよりも、

目の前の人に対し、

ありのままの己をさらけ出すことの、

大切さに目覚めました。



ようやく、己自身を偽ることへの儚さに気付き、


自分のことを【盛ること】よりも、
相手のハートを【盛り上げよう!!】と、


意識をシフトチェンジする流れへと至りました。



その甲斐あってか、

26歳の時。とある界隈で、


【稀代の盛り上げ王】と呼ばれました。


そのおかげで企業や、会社の忘年会、
地方自治会からのお声がかかり。

「どうかひとつ盛り上げてくれませんか?」

との依頼が殺到しました。



27歳の頃、


富士の樹海のはずれにある、

『我孫子村』(あびこむら)という集落では、

伝説の【モリアゲサマ】という呼び名で、

祭られるようになりました。


村人達の僕を見るあの恍惚の眼差しは、

今でも鮮明に覚えております。



28歳の頃、


【盛り上げ王】としての名声を欲しいままにした僕は。


その後、噂を聞きつけた某製薬会社の開発部の者から、ヘッドハンティングされることになりました。


そして、〝この薬を飲めば誰でも盛り上げられる″いうキャッチコピーを元に、


脳のドーパミン分泌を促進させて、テンションを上げる錠剤(サプリメント)開発のお手伝いをしました。


あの当時は毎晩徹夜で研究室に篭り、

眠る時間もほとんど無く、
缶詰状態に近い形で開発に没頭していたので、 

僕はよく風邪をひいてました。

(研究室のエアコンの効きが悪かったせいかもしれません。)



しかし、日々の努力の甲斐あって、

ついに新製薬【メッチャ・モレルンヤデZ】の開発に成功したのです!


そうです。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、
町の大型薬局(個人店は除く)などに置かれている、


太鼓のマークのあれです。 
(よく正露丸の隣に陳列されていたと聞きました。)






29歳の頃は、特に何もなかったです。






30歳の頃。




嗚呼…。

Ah…。

あああああああ!!


思い出しただけでも身の毛がよだちます。。

見てください。この鳥肌。


多岐に渡り様々な分野で、
盛り上げ続けてきた僕でしたが、


この年。 

なんの前触れもなく。

突然、恐ろしいぐらいに、

盛り上げられなくなってしまったのです!!


そうです。


我が盛り上げ人生初の、

〝ビッグ・スランプ″に陥ってしまいました。


『あの頃のお前は、眼が尋常じゃないほどにつり上がっていたよ。』


と、当時の僕を知る友人はそう語ります。


突如、起きたスランプに、


盛り上げ王としての自信を失ってしまい、


次第に僕の眼は、
まるで白狐の眼のようにつり上がってしまったのです。


まさに、目は口ほどに物を言うとは、
よくいったものです。


そして、スランプ状態は来る日も来る日も続き、


焦れば焦るほどに、空回りをしました。


『よっしゃ!盛り上げよう!』と奮起すればするほど、


まるで大理石の床の上に、

油をひいて歩いてるんじゃないか?

ってくらいに見事にスベりました。

ツルツル。ツルツル。

どこまでも。どこまでも。。





31歳の頃、

噂は噂を呼び、

あれだけ、『おーい、盛り上げ王!』

『フレーフレー!盛り上げ王!』

と、賞賛されていた者達に、

とうとう見切りをつけられ、

アイツは【10年に1人の盛り下げ王】だと、揶揄されだしました。


それだけには終わらず、

しまいには、【盛り下げ王のテーマ】
という。

我が不幸を嘲笑うような、

悪意に満ちた歌まで作られたほどです。



いやはや、お恥ずかしい。

このブログをご覧の賢明なる読者諸君の中にも、
一度くらい聴いたことがある方もいるでしょう。



歌い出しが、

「モリモリ〜〜サゲサゲ〜〜」から始まる。

そう。あの忌まわしき歌です。



歌が有名になればなるほど、

皮肉なことに悪評はますます世間に浸透し、


富士の樹海のはずれにある、
「我孫子村」(あびこむら)でも、


村人達の僕への扱いは、手のひらを返したかのように、ぞんざいなものへと変わりました。


【モリアゲサマ】なぞと呼ぶ者は誰もいなくなり、


代わりに、村の祟り神【サゲドン】と呼ばれ。


邪神(サタン)の象徴として扱われるようになりました。


そして、村中の母親達が、幼子に対し、


『宿題しなさい!勉強しないと、サゲドンが来て盛り下げられるわよ!』


と、まるで〝なまはげ″のように、
子供を躾ける上でも都合の良い、
嫌われ者役のポジションにおさまってしまったのです。


当然、無垢なる幼子は。 


『サゲドンはイヤーァァ″ァ″アア″ーー!!』と。


ホイッスル・ボイスのような悲鳴をあげ。


村のあちこちから、サゲドンを嫌悪した幼子達の咽び泣く声が聞こえてきました。



挙げ句の果てには、

かの製薬会社から、


『残念ながら、〝メッチャ・モレルンヤデZ″は国の薬事法が変わり、違法薬物に引っかかってしまった。今朝、厚生労働省の人間が大勢ウチにに押しかけてきた。』


との一報が送られてきたので、


連絡を返すと、

なにやら、僕が研究開発部に所属していた事実を抹消し、揉み消しをすれば問題ないから、
『是非そうしたい』との事でした。


一連の騒動で、各方面から弾圧を受け、
傷心状態に追いやられていた僕は、

もはや躍起になり、
『好きにしてくれ。』と承諾しました。


しかし、後から知ったのですが、

その話は、医薬商品が売れる度に入ってくる僕のマージン権利を剥奪するための、

とんでもない陰謀だったのです!


もちろん厚生労働省の人間が会社に来たなんて、真っ赤な嘘でした。


おかげで、僕は富も名声も、
全て失ってしまったのです。





──そして、32歳の春。













自部屋でゴロゴロしていた僕は、

くだらん妄想などしてる場合ではない。

働こうと立ち上がり、

バルトレージュに入店しました。

これからも、美しくあり続ける森の中で頑張りたいと思います。




※ブログではふざけたり、多少の着色をすることもございますが、

お逢いする際は、出来る限り誠実かつスマートに、

貴女様のハートを盛り上げさせて頂きます。
(それが理想)



それでは皆様。

引き続き、寒い12月を、

共に笑顔で楽しんでまいりましょう!     



ではでは、グッドラック☆