子供を学校に通わせずに保護者が家で教育する「ホームスクーリング」。英国などでは制度化されているが、日本にも少数ながら例がある。いじめからの避難、学校教育に価値を見いだせないなど、理由はさまざまだ。県内でホームスクーリングを実践する家族を取材し、教育の「形」を考えた。
北杜市に住む40歳の母親は長女(7)をホームスクーリングで育てている。地元の市立小学校に1年生として籍を置いてはいるが、学校には一度も行ったことがない。団体職員の父親は毎日勤めに出る。母親が日々、長女の教育を担っている形だ。
母親自身は公立学校で育ち、特別な思想や信条があったわけではなかった。ただ、幼稚園に行きたがらなかった長女を見て、学校で得るものが少なかった自分の過去を振り返り、悩み抜いた末に考えが変わったという。「義務教育って、何でしょう。学校に行きたい子供もいれば、行きたくない子供もいる。子供に選択の自由があってもいいのでは」と、母親は語る。
長女は近所の子供たちともよく遊ぶ。母親は「学校に行かないと社交性が育たない」という意見について「不登校の子はたくさんいる。学校でスムーズに人間関係を築けている子がどれほどいるのでしょうか」と疑問を投げかける。長女は母親による本の読み聞かせや、月100冊以上という自身での読書で「国語力は同年代の子以上」(母親)という。米国のインターナショナルスクールから送られてくる教材で英語や算数を自習し、ピアノやバイオリンの個人レッスンも受けている。
長女は「学校に行かなくても楽しいからいい」と屈託がない。
母親は言う。「与えられたことをこなすことよりも、子供が自分で何を学びたいのかを知ることが大切ではないでしょうか」
あ
いじめとか特別な理由がない限り、自分自身が学校で得るものがなかった?と思うだけで、
子供を学校に通わせないのはどうかなと思う。
母親自身、学校に通った結果得るものがなかったと自分自身で判断出来たけれど、
通わなければ判断も出来ない。
それに、自分では得るものがなかったと思っているかもしれないけれど、本当にそうなの?とも思う。
もし嫌な事があったとしても、それでも通う力とか我慢する事とか何かしら得るものはあったのでは
ないかと思う。
長女は学校に通わなくても楽しいみたいだけれど、通えばもっと楽しいのかもしれない。
子供の選択の自由と言いながら、子供の好き勝手にしてあげたいとしか聞こえない。
その方が、自分自身も子育てが簡単なのでは?!
子供が多少嫌がる事でも、大人が導いてあげる事も大切な事だと思うので、子供の自由ばかり
認めていたのでは、好きな事しかしない嫌な事は避けて通る大人にならないとも限らない。
社会に出れば、年代もまちまちで学校よりももっと人間関係をスムーズに築きにくいと思う。
フリースクールを運営するNPO「東京シューレ」の奥地圭子理事長は「不登校が増える中、管理された学校以外に選択肢がないのはおかしい。受けたい教育の形を子供が選べる権利が保証されるべきだ」と語る。また、「普通教育=学校教育ではない」と話す。
いじめなど受けた逃げ場として、フリースクールがあるのはいいと思うが、最初から、
「普通教育=学校教育ではない」と言うのでは、問題がすり替わっているとしか思えない。
人間は、いつも管理された社会で生きていると言う事も教えないといけないと思う。
管理されているから守られているという事も・・・。