トップが変われば会社の方針が変わるのは当然だが、いわゆる秘書的な部署はそのあおりをもろにかぶる事になる。

だいたい2,3年で支店長が変わるわが社ではその度に職場がバタバタするのだが、その中でも秘書担当と呼ばれる人は支店長の懐刀として24時間滅私奉公を余儀なくされるブラックな役どころなのだった。

Iさんはその道10年のベテランの秘書担当で物静かでカユイところに手が届く出来る男だった。

ある年の事だ。大阪から赴任してきた支店長にIさんは仕えることになった。その支店長は、世間の大阪人のイメージを地でいくオラオラ系だった。よくも悪くも派手で豪快。よく笑いよく怒鳴る賑やかなタイプでその道10年のIさんの想像の斜め上をいくアイデアを思いつき

「おもしろかったらエエやんけ!」でガンガン指示される内容を遂行しなければならないIさんの振り回されようは気の毒なほどだった。

そして2年がたちオラオラ支店長に慣れた頃、次の支店長が赴任してきた。

この支店長は超がつく厳格なタイプで、前の支店長が赤道直下の亜熱帯だとすれば、今度はブリザードが吹きすさぶ北極だった。ふり幅が大きすぎて、もう何が正解か私達もわからなかった。わかりやすいエピソードがある。

懐刀であるIさんは運転手も兼ねていて、よく支店長を送り迎えしていた。

前支店長の時には

「信号待ちの時に一番前だったら恥だと思え!」と言われ、信号が黄色になった時に安全のためにブレーキを踏んだところ「何してんねん!つっこめや!」と怒鳴られたという。

もともと慎重派で安全第一だったはずのIさんはすっかり峠を攻める若者なみにアクセル全開のドライバーに変貌した。

 

そして2年後に赴任してきたブリザード支店長は、Iさんが運転する車に同乗したその日に

「危ない!黄色は止まれだ!他人を乗せて、なんでそんな危険な運転をするんだ!」と激怒したのだという。

「大変ですね・・・」と同情する私達に

「あなた色に染まりますっていう心構えじゃないとこの仕事は務まらないから・・・」

とほほ笑んだ。

そのほほえみはまさしく諦観であり、ここまで達観しないと秘書担当は務まらないのだなと解脱したIさんに向かって私達は合掌したのだった。