アルバイトのIさんは上品な奥様である。
転勤族の旦那様について引っ越してきて子供も既に巣立っていることから暇な時間帯に働きにきているのだった。
上品だなと思っていたが、Iさんが真のお嬢様だと分かったのは半年ほどたった頃でランチの後みんなでいつものようにワイワイしゃべっている時だった。
ひょんな事からIさんが卓上ハンドベルを私生活で使っていたという話になった。
外国の映画などで貴族が用事がある時にチリンチリンと鳴らすアレである。
当然周囲にいた人間は全員
「なんの時に使うの?」と聞いた。
Iさんはびっくりしたように
「人を呼ぶ時以外に使うことある?」と逆に聞いてきた。
外国の大邸宅ならいざ知らず、この狭い日本の家でハンドベルまで使って誰を呼ぶというのだ?ベルだと誰を呼ぶかもわからないではないか。私の疑問はだれしも思う所だったらしく別の人が
「ベルで誰を呼ぶの?」と聞いたところ
「お手伝いさん」と答えるではないか。
「ええ!?」その答えにそこにいた全員が当然ながら驚いた。
お手伝いさん!?
お手伝いさんがいてハンドベルで呼ばないといけない家ってどんな家?
周囲にそんな知り合いがいたことがなかったため、想像力がおいつかず、私の頭の中ではIさんがドレスを着てお城の中でハンドベルを鳴らしている姿しか思い浮かばない。
まったく共感できないため、質問さえ思い浮かばず
「す、すごいね。そんな家があるんだね。へーお手伝いさんを・・・」と言うと
Iさんはウフフと上品に笑って
「結婚して子供が生まれてからは子供が熱を出したりした時に枕もとにおいてたりしたわ。
声を出さなくても呼べるから、便利よ」と言った。
「いやいや、絶対口を使った方が早いし便利だよ。」
子供の頃にはふすまを外すと一部屋になる田舎の小さな平屋に住み、今は話し声さえもつつぬけなマンションに住む私は、一般市民としての意見を言ってみた。
「でも、病気の時は声を出すのもしんどいでしょ?」
「・・・・・」
そうかなるほど、家の広さの問題だけではなく、少々の熱があろうが学校に行かされ、風邪をひくのはたるんでいる証拠だと言われ、高熱があっても寝てれば治るからとほったらかしにされていた我が家とは病人に対する接し方からして違うのだなと納得した。
別の日にも、Iさんは自宅で蝶を育てる話を披露し、
「端正こめて育てた蝶がさなぎから孵る瞬間は感動するわ」と言うので当然そのまま大空に放すのだろうと思って聞いていたら、羽がきれいに開いた瞬間に針をさして標本にするという話で、またもや全員が共感できずに固まった。
「それは、ちょっと残酷なんじゃ・・・・」
「え?どうして?一番美しい状態を永遠に残してあげるんだから、むしろ感謝されているんじゃないかしら」
上品なIさんはきょとんとしながら、マッドサイエンティストのような恐ろしいセリフを口にし、私達はIさんとの育ちの違いとともに感覚の違いを改めて感じるのだった。