田舎で専業主婦をしていた母と都会のビルから夜景を見下ろしながらバーラウンジを営んでいた叔母。昔から優等生気質で化粧っけのない母と奔放な性格でばっちり化粧をしてデヴィ婦人そっくりの美貌の叔母。本当に同じ両親から生まれたとは思えない姉妹がひょんなことから一緒に西国三十三か所めぐりをすることになった。
正確には運転手の父を加えた3人である。
西国三十三か所は車で何時間もかかるような場所に転々とあるので、お寺をめぐる度に高速代と称して叔母は必ず高価なランチをご馳走してくれるのだと父と母も叔母との旅を楽しんでいた。
ある年、元旦に初詣出も兼ねて出かけた時の事である。
叔母がお正月だから今日は帝国ホテルでランチを食べようと言い出した。
叔母と違って、ホテルでの食事など親戚の結婚式の時ぐらいしか経験がない両親はいまいち乗り気ではなかったのだが、ルンルン気分の叔母に押し切られる形で帝国ホテルに向かった。
「車ってどこに停めたらいいんや?」
ホテルに馴染みのない父がそう聞くと、叔母は
「玄関の前で停めて」ときっぱりと言った。その迷いのない態度に半信半疑で父はホテルの表玄関へと車を乗り入れた。タクシーと高級車しかいないエリアに不釣り合いな小さなボロボロの軽ワゴンで・・・・である。
いくらボロボロの車であってもそこは帝国ホテルのホテルマンである。さっと車に近づくと助手席のドアを開けうやうやしく礼をした。
「いらっしゃいませ」
「ありがとう」
車の扉を開けてもらうことに慣れている叔母はそう言ってボロボロの車からさっそうと降りた。
その日のいでたちが、また、足首まである毛皮のロングコートだったのだという。
そして固まっていた父から車の鍵を奪い取ると、当然のようにホテルマンに
「これお願い」と渡したのだという。
「もう顔から火が出たわ!外車とか高級車とかちゃうで!ボロボロの軽やのに!他人様に車を駐車場に停めさせるとか何様やとか思われたわ!」
何様というよりは何者?と思われたやろなーと思いながら
「ええやん、帝国ホテルのランチをご馳走してもらったんやろ?」
というと母は
「そやけど、元旦の特別メニューで目が飛び出るかと思うほどの値段やってん。びっくりして味なんかせーへんかったわ。家に帰ってきてお茶漬け食べてホッとした。これが一番美味しいなってお父さんとも話してん」
帝国ホテルの元旦の特別メニューをご馳走してもらっておきながら、家のお茶漬けの方が美味しいとは罰当たりもいいところだ。
我が家のボロボロの軽はホテルから帰る際にもきちんと玄関前まで運ばれてきており、それにも両親は恐縮し逃げるようにホテルから出たらしい。
帰りの車の中で母は叔母に世間の常識についてがっつり説教したらしいが、叔母は何が恥ずかしいのかわからないと全く反省の色がなかったという。
そんな叔母はずっとしたかったのだと、白髪になった頭を金髪に染めたと聞く。
いつどんな時でも自分をつらぬき、ぶれない叔母を素敵だと思う私だ。