皿倉山。嫁さんと綾希と三人で皿倉山の夜景を観てきました。ビビりながらケーブルカーに乗り辿り着いた頂上は夏の終わりの湿った冷たい風が吹いていました。さてと。仕事復帰へのウォーミングアップをそろそろ始めないとね。Android携帯からの投稿
6年前の夏のこと。6年前の今頃、仕事が盆休みだった僕は毎朝母ちゃんが入院していた病院へモノレールとバスを乗り継いで通っていた。6年前も今年の暑さと同じくらい朝から蒸せかえるような空気が身体中にまとわりつくような不快な夏でした。病室に着くと母ちゃんはいつも笑っていて冷蔵庫から冷えたコカ・コーラを出して飲ませてくれた。ある時は土用でもないのに病院の売店で鰻弁当を買って『さぁ食べんさい、夏バテしちゃいけんけぇね』って笑ってた。抗がん剤も放射線治療も殆ど効かなくて日に日に衰弱してゆく母ちゃんの背中を擦りながら窓の外から聞こえた煩いくらいの蝉の鳴き声。ロキソニンなんかじゃ痛みが治まらずモルヒネを打たれ始めてから意識が朦朧としていった母ちゃん。もう誰からの面会も断って病室の前の名札も裏返しにしていた。それでも最期まで、死んでしまう前日まで僕の名前を呼んでくれた母ちゃん。何本も何本も点滴を打たれ紫色に変色してた両腕を見つめながらそんな母ちゃんに対する今までの親不孝を悔やみ続けた。先週、広島に帰って母ちゃんの墓の前で手を合わせながらそんな6年前の夏のことを思い出していました。Android携帯からの投稿
朝の公園にて。鬱病と診断された帰り道、嫁さんが『何で辛かったことをブログにも書かなかったん?』って聞いてきた。…上手い言葉が見つからなかった。でも要は嫁さんにも気付かれたくなかったんかも。心配かけたくなかったし不安にさせたくなかったし。こっそり一人で治そうって思ってた。でもそんなん治るわけないよね。余計に悪化して仕事にも行けなくなった。薬効いてるのかな?風邪薬みたいに毎食後必ず飲んでるわけじゃなくて気持ちが不安定な時にだけ飲んでるので効果がまだよくわからない。でも仕事は早く復帰しないと。これは我が家のトイレのカレンダー。この言葉は本来なら僕が君に伝えなきゃならない言葉なのにね。虚勢を張ることが強さじゃなくてありのままの姿を見せて痛みも哀しみも家族で共有することが家族の絆と強さを築いていくんじゃもんね。だからこれからは弱さも脆さもぜんぶ見せていこう。誰よりも幸せにしてあげたいのは君と綾希なんだから。Android携帯からの投稿