「子どもの人生は子どものもの」
この言葉を聞いて
皆さんはどう思われますか?
「そらそうやん」
「それくらいわかってるよ」
そう思われるかも知れません。

私もそう思ってたんですよねーアセアセ
大抵のことは、そこで判断して
やってきたんです。

でも娘が家出をしたときは
そうはいきませんでした。
女の子ですから、
「性犯罪に合うかも知れない。」
「殺されてしまうかも知れない。」
そう心配するわけです。
させまいとして、子どもに
ことごとく話をします。
でもそんなものは娘には届かず…
ここでお互いの葛藤が生まれるわけです。

その葛藤の末、出した答えは
娘には娘の人生があるということ。
親が何を言っても
娘の意志があるということ。
私は自分が後悔しないためにも
言わない(我慢をする)ことはしない。
自分の意見として娘には伝えます。
が…それを選ぶのは娘。

それ以上は彼女の人生の選択なので
私にどうこうできるものでは
ないということです。

そして危険なこと以外は、
彼女の応援をいつでもしてやろう。
娘もやりきれば見えることがあるはず。
彼女の生きる力を信じて。
そう思うまでに3ヶ月。
ふらふらになりました(笑)
そして今、彼女は彼女なりに
発達成長をし、とても柔らかくなりました。
わたしが緩んだことで
彼女も緩んだんですねおねがい

中学校に入った子どもとお母さん。
交流会の中でも一番の悩みは
子どもが勉強しないということ。

もっと言えば
お母さんの思うペースで
勉強していないということ。
目の前には受験がチラチラキョロキョロ

その結果、怒りまくるか
学校の成績、提出物
家での勉強の方法まで
お母さんが管理してしまうか…ガーン

自分でやらないから…
やり方がわからないから…
やり方を教えるのではなく
管理してしまうか
代わりにやってしまう…もやもや

そこでもう一度問うてみます。
「お子さんの人生はお子さんのもの」
やると決めるのもやらないと決めるのも
本人だということ。

勉強しなければ…と思っているのは
誰なのか?ということ。

勉強しなさいと追い立てた結果
受験に成功したとして
その高校に入学したあとも
同じように追い立てるのか…キョロキョロ

しなければ実力の伴わない
しんどさが出てくる。
すれば…次は大学受験まで?
大学生になっても?
どこまでやるのでしょう?

その間に、
自分で律して勉強することも、
スケジュールを立てて
それを遂行することも、
自分にあった勉強の方法も、
わからないまま子どもは過ごしていく。

勉強していれば
コミュニケーションで困っていても
スケジュールの管理が出来なくても
身体の使い方がしんどくても
とりあえずは勉強が先で。

こうして、代わりに
やってしまうことは
発達の邪魔をすることに
ならないのかな?

勉強よりも大事なことって
あるんじゃないかな?

生きる力
本当はそこを育てる
時期じゃないのかな?

困る前にとりあげてやってしまったら
わからないことを聞くということも
自分で創意工夫することも
なくなってしまう。

自分で考え悩んで
それでもやり遂げていこうとする力も
つかないよねーガーン
言われたことをやっていれば
いいだけの状態になってしまう。

そこ、少しやってしまう前に
考えてみませんか?
私たちも失敗してきたからこそ
こうすればいいといった方法論を
知ることができているんです。

子どもの人生は子どものもの。
結局自分で歩いてくんです。

私たちがわかっていることを
しなくていいというのではなく、
子どもたちが1つ1つ経験することは
大切なことだと思います。


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