わたしは一体なにが足りていないと思っているのか。

そこそこ安定した収入があり、金銭的には普通の暮らしを送り、それなりの居住空間があり、社会的立場を保証する資格もある。特に贅沢しようとも権威的になろうとも思っていないわたしが、自分一人を養うには充分。

なのに何故か満たされずに、そして自分には何かが足りないと思い、追い立てられ、日々幸を感じることも薄く生きている。
忙しすぎるのもその一端なのだろう。そして自分の与する社会が、自分をそうして価値のないものに思わせてしまうのだ。

人はややこしい。自分の分に足りるだけの幸で満足すればいいのに。

わたしは普通に社会に溶け込んで、普通に生きているふりをしていられるだけで、本当はもう満足しても良いのだ。
夜毎運ばれてくる患者さんや、入院中の患者さんが、つとこちらに心を開いて、話してくれるあれやこれやに共感できて、一緒に彼らの先を考えていける。そんな心をまだ維持できているだけで、十分強くなったはずなのだ。

詰まるところ、わたしがそんなわたしを認めていないから、幸せが遠ざかるのだろう。

わたしは自分をもっときちんと認めて、わたしはわたしでいいと思わなくてはいけない。

マザーテレサの言葉に、あなたはあなたであれば良いという言葉を見つけた。この言葉をしばらく胸に刻んでいこうと思う。