9条ピースウォーク・リポーター・リレー -9ページ目

用宗~静岡市内編 4.15

朝8時用宗駅にはぞくぞくと参加者が集まり始めた。

旗、格好、そして話を聞いているだけで今日一日の希望が沸いてくる。

一行にとって、久々にそれなりに大きな街へと足を進める1日が始まった。

静岡といえば憲法9条の起草者である鈴木安蔵先生が教鞭をとられた場である。


歩きながら話すのは路肩で見守る市民とだけではない。

ピースウォークに参加しているメンバーとも平和について語る。

暑い中、気持ちがもっと熱いウォーカーは静岡に平和の種をまきながら進む。

こうやって広島から多くの種を蒔いてきたのだ。

この種をまくのも人間、育てるのも人間、枯らすのも人間。

僕達は世代を超えて平和という大きな花を世界中に咲かせなければならない。

決して枯れぬ花を。

4.15

安倍川の橋を渡りながら見えるのは静岡の中心街。

戦争がないからここまで発展した街がここにある。

目前に広がる街、安倍川の水、そして静岡の緑の山、青い海。

これらがあるのは戦争がないからだ。

当たり前であると誤解しがちの今の生活を保つため、
それもこれから生まれてくる子ども達に残すため、
平和であるということは「今の前提」であるのだ。

4.15

お昼までには静岡繁華街の青葉公園につき昼食をとった。

午後はこの公園でピースアピールイベントが行われる。

大道芸からErocさん・Optimusさんによるステージまで様々な人が様々な形で平和を伝え、
沿道を含め200人に近くの人がステージに見入った。

4.15

その後静岡のダウンタウンを歩き平和を訴えた。

この時点で今朝の何倍も長い列になっている。

平和のメッセージをこめた風船を沿道の方々に配る。

駿府公園を越えれば今日のゴール地点静岡カトリック教会はその一角に位置する。

駿府公園の桜は先週の雨で散ってしまった。

しかし我々の心に咲いている平和の花が咲き誇っている世界では、生涯花粉症の危険がある。

戦争という菌から守るためしっかりマスクを着用してください。

世代間でマスクは使い回ししてください。

4.15

教会では夜7時から交流会が開かれた。

真ん中に「9」の文字がチョコレートで描かれた巨大ケーキを見ていると
今日の疲れも忘れてしまう。

静岡で今まで料理などの準備をされてきたメンバーの皆様には本当に頭が下がる想いだ。

広島を出発する前から企画を立てられてきた皆様。

顔を見たこともない人たちの食事や宿泊場所を考える。

いつか世界中の人たちがこの熱い方々のように、
会ったこともない世界のどこかに住んでいる人々のことを
考えられるような世の中にいつかなるだろう。

4.15

僕は今日一日学生レポーターの傍らAshさんの通訳・翻訳につかせていただいた。

スピーチや彼の文章などを訳しているとき、
いかに戦争が悲惨なものか、
いかにこの世の中が捻じ曲がっているのかが見えてきた。

彼は言い放った

「戦争では勝者も敗者もない。

全員敗者なのだ。

正義のための戦争などない。

戦争で平和はつくれない。

いまここにいる人たちが平和を作るのだ」

という言葉に感銘を受けた。

そう、戦争は人間を、地球を全てのものを破壊してしまう。

多くの事実を知った。

同時に伝えていかなければならない義務感を感じた。


戦後世代が大半を占めるこの日本。

平和ボケしているといわれればそれは否定できない。

しかし僕はいつか世界中の人が平和ボケしてほしいと思う。

また幕張にて合流させていただきます。


りょう

金谷市~用宗市編 4.14

ピースウォークご一行が藤枝にやってきました!アップ

午後からの参加だったので、
藤枝駅近くの公園で「憲法9条は世界の宝」と
木の板にペイントした手作り看板をバックにみんなでお弁当を食べました。
4.14

いつも閑散とした公園にこんなに人がいるのを見てご近所の方もびっくり目

お天気もすっかりよくなり、
13時に出発し、藤枝市役所に向かいました。

沿道を行く車からウォークリーダーの池田さんの呼びかけがスピーカーから響きます。

「憲法は日本の宝です。」

「藤枝のみなさん、一緒に焼津まで歩きませんか?」

金谷から2日間、声がガラガラになるまで一声一声、丁寧に呼びかけていました。

瀬戸川を越え、旧国道を進み、藤枝市役所に要請のために立ち寄りました。

松野市長は文書を封筒から取りだし読み終わった後に、

「平和な国をつくるためには、
市民みなさまひとりひとりの行動や意識が大切です。
お立ち寄りいただき、ありがとうございました。」

とおっしゃっていました。
4.14

再び焼津駅に向かって歩き出し、
途中でピースウォークの飾りつけをした焼津ならではの大漁旗かかがげて、
ウォークに参加してくれた方、幼稚園帰りの子どもたちも一緒に歩き、
とてもにぎやかになりましたニコニコ
4.14

焼津の駅前で
「南無妙法蓮華経~~」
と太鼓の音にちょうど帰路につく高校生、大学生、みなさんびっくりにひひ
4.14

ウォークに参加して、東京の若者(大学生)は
すごい!アツい!と感じましたメラメラ

私の周りには授業とか、バイトとか、(デートとか?)に時間を使っている学生がほとんど。

東京から日帰りでウォークに参加している子や、
何度も東京から行ったり来たりを繰り返して参加している子、

         アツいです!!感動をいただきました!ありがとう!!

今回のピースウォークでたくさんのお友達ができました。

歩くってすごい!
話すって楽しい!
スナオにそう感じた今日のウォークです。

焼津は、死の灰を浴びた第五福竜丸が帰ってきた港町です。

かつては水揚げ日本一、東洋一の港町と呼ばれていました。

福竜丸事件で亡くなった久保山愛吉さんのお墓に行ったメンバーから、写真のおすそ分けです。
4.14

社会科の教員をされている方から説明を受けることができました。

久保山さんの乗った、第五福竜丸が被爆した際の水爆の威力は、
広島・長崎の原爆投下の威力の何倍もの迫力だったそうです。

広島の原爆が3メガトンの規模であったとしたら、
ビキニ湾礁での水爆実験の威力は15メガトンであったとか、
(阪神・淡路大震災の威力は1メガトンくらい)
久保山さんの一人の死が、世界中で報道されることによって、
原水爆の脅威の前に全人類が立たされているということを知らしめることになった、
ということや

久保山さんやその奥さんである久保山すずさんの発言が、
核開発に力を入れる米ソにとって、どれほど脅威であったか、
ということなどをたくさんの思いを込めて語ってくれました。

明日は青葉公園にてピースアピールイベントビックリマーク

大道芸、ヒップホップ、学生バンドコンソメWパンチによる演奏、
会津里花さんの唄、など、素敵なパフォーマンスが続々登場します!グー

その後街中をピースパレードです音譜

明日15日は12時から青葉公園へ!グッド!

こと

袋井~金谷町編 4.13

今日もまた自然の恵みをいっぱいうけたおいしい朝ご飯で1日が始まりました音譜

2日間お世話になった野草広場を後にして、

4.13

どまん中茶屋から歩き始めました。
今日は晴れ晴れて、日差しが強いくらいでした。
中仙道を通り、歴史ある妙日寺で小休憩。

それからまたのどかな風景の中を地元の人々と一緒に歩きました。
新しく色がのった9条旗が、また一段と明るく風になびいていました!

4.13

お昼は、ルーテル掛川教会でカレーライスをいただきました。
ここでもまたパワフルな方々にたくさんであいました。

4.13

午後には、事任八幡宮神社によりました。
ここには本当に大きくて立派な楠の木がありました。

4.13

みた瞬間鳥肌がたつほど不思議な力を感じました。
その奥には、御神木の大杉があり、そこには木のもつ力とそれを大切に思う人々の平和なきもちがありました。
さらに40分程歩いた後、法讃寺というお寺で、休憩。
お茶とどらやきをいただきました。平和へのメッセージの焼きがはいったどらやきでした。
なんだかそれを食べることで、そのメッセージが自分の血となり肉となってゆくようで、少し身のひきしまる思いがしました。
その後は、歴史ある東海道の山を二つ越えました。
山の峠からの景色は、新緑の萌える山と茶畑の鮮やかな黄緑色とで、とてもステキなものでした。
足は確かにいつもより少し疲れていましたが、今日の参加者最年長の90才の方が元気に歩いてらっしゃる姿をみて、私も負けていられないニコニコと思うと同時に、はかり
しれない前向きさとパワーメラメラをもらいました。
こんなに年の差があり世代も違う私たちが、
一つの思いのもとに、一緒に歩くことができるんだなぁと、本当にうれしく思いましたラブラブ

5時半頃、予定より少し遅れて天理教金谷分教会へ到着しました。

4.13

ここでも、地元の方々、戦争を実際に体験した方々、サポートしてくださる方々達と、
自己紹介を通してお互いを知ることができました。いいつながりになればいいです。

明日は第五福竜丸のお話を地元の方にききたいと思います。

最後に。。。今日はここ金谷で茶祭りと呼ばれるお祭りがありましたビックリマーク
最後の10分程でしたが、みることができました。

4.134.13

太鼓やおはやしにみな血が騒ぎ、台湾の邸さんはとくにおおはしゃぎでしたにひひ
どこの国でもやっぱりみんなお祭り好きですラブラブ

まる