金融危機2.0(でもこれからVer1.0に戻ると思うけど) | 紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感 最後の空冷ポルシェとともに

金融危機2.0(でもこれからVer1.0に戻ると思うけど)

以下の文章を書き終わった後で、この文章をブログに載せるのは止めようかな、と一瞬思ったが。
というのも、「『池・池』本」の揚げ足ばっかりとっているように思われるのは、本意ではないから。
でも、あえて載せることにします。

何でかというと。
この今回の金融危機の第一フェーズについて、たくさんの人が誤った理解のもとに議論を行っていることに、すごく違和感があるから。

「なぜ世界は不況に陥ったのか」の帯には。
「日本経済『復活』は正しい現状把握から。」
「古い経済思想に囚われている政治家・官僚・ジャーナリストのための『世界標準』の経済学講義。」
とうたわれているので。

間違った現状把握で、間違った議論が行われることには個人的に大きな抵抗があるので。
あえて書きます。

バブル崩壊後の日本は。

金融機関の(主に不動産担保の)貸出の不良債権化と、それに起因する金融機関の資本の毀損。
そしてそれらの貸出に対する自己査定が甘く、信用創造を行う金融機関の過小資本問題の認識が遅れた、あるいは意図的に認識を遅らせた(時間が解決してくれるという希望的観測にすがった)ことが資産デフレを招き。
信用創造機能が喪失したことで、マクロ経済も縮小し。

さらなる不良債権の増大を招き、デフレ無限ループに入った、という展開だった。

それに対する重要な処方箋の一つは。
金融機関の自己査定の厳格化。

つまり、ローンの担保(不動産)価値と、債務者のキャッシュフローを保守的に精査して、というか現実から目を背けることを止めて。
本当に回収できるであろう金額は、現在の貸出残高の何割なのかを冷静に判断して。
そして貸出元本が毀損してしまう部分は引当を行って間接償却するなり、あるいは売却を行って損切りしてしまいましょう、ということだった。

つまり、日本の不良債権問題とは。
時価評価のないローンという世界で、貸し手の主観で引当を積むことによって結果的に公正価値からほど遠い貸出金の評価を行っていた状況での出来事だった、ということ。

それに対し、今回のアメリカ発の金融危機第一フェーズは。
時価評価の問題。

(今から本格化する第二フェーズは、日本の不良債権問題と同様の展開になると予測されるのだが。)

しかし、第一フェーズについても、時価評価のない世界での出来事であった日本の不良債権問題と混同した議論がよく見られる。

たとえば、「なぜ世界は不況に陥ったのか」で見られる、以下の記述(筆者要約)。

「CDSは本質的に倒産保険と同様のリスクなので、本来であれば責任準備金の形で貰ったプレミアムのかなりの部分は積み立てておかなければならない。

にも関わらず、スワップ取引だということでプレミアム全部を収入であるかのように会計上処理していた。
違法ではないとしても、将来の損失には目をつぶって収益をかさ上げする、収益の先取り行為である。

AIGなどは経済ファンダメンタルズの悪化に伴って保険金を支払う必要に迫られ、資本を取り崩すなどの負担に耐えかねて経営悪化に追い込まれた。」

この池尾先生の議論は、残念ながら2つの意味で大きく間違っている。

1つ目は、いつも愛読しているDangerously Beautifulでも取り上げられていたが、CDSの会計上の取扱いに誤認がある。
CDSを含むデリバティブ取引は、基本的に期間損益を計上する必要がある。

たとえばAIGが、リーマンを参照債務とする(保険対象とする)CDSのプロテクション、5年10mmを売ったとしよう(保険を販売した / リーマンの倒産リスクをAIGがとった)。
そしてそのときが平常時で、プレミアムが年率100bps(=1%)だったとしよう。

ここで、リーマンのリスクをとることによって1年に1%もらえて、その5年分だからざっくり5%を当期利益に認識できるかというと。
そんなことはなく。
1%の利息収入の3か月分が、四半期決算で認識される。
この場合だと、年率1%の3ヶ月分だから、0.25%。
これも、ローンや債券の利息収入や保険料収入の取り扱いと一緒。
CDSだから手前でプレミアムの現在価値を全部収益認識、なんてことはない。

その上で、その契約の公正価値というか時価評価が、当期PLに計上される。

たとえば、約定後すぐに金融危機が進展して、リーマンの5年のCDSのプレミアムが年率300bps(=3%)まで上昇したとしよう。
そうすると、当初に契約した取引の時価は、
元本10mm x (3%-1%) x (5年のリスクデュレーション) = 約1mm (元本の10%)だけ減少することになる。
したがって、当期損益にマイナス1mmの損を計上しなければならない。

それって、保険や保証、融資などを行った際に貸倒引当金や責任準備金を費用計上するのと、一緒じゃない?

保険や保証、融資などでは、リーマンの格付けが大きく低下していない限り、おそらく当初の貸倒引当金や責任準備金の積み増しは行わず。
だから、CDSのプレミアムが年率1%から3%に上昇したぐらいでは、何の会計処理もされていない可能性も高いから。

どちらが保守的な会計の取扱いなのか、といえば。
当然、PLヒットするCDSの方が会計的には保守的。

投資家で、PLヒットするデリバティブ系の商品を敬遠する人が多い、という事実からも、どちらがコンサバな会計処理だか分かろうというもの。

すなわち、今の市場は流動性がないから、という言い訳のもとに意図的に操作できる、引当金や責任準備金という形でロスバッファーを積むよりも。

流動性がない中でも無理矢理時価評価を行って、それに基づいてPLヒットさせる方が、より保守的な会計処理のように思われ。

そのせいで、金融機関のポートフォリオの中の膿の部分が早期に認識され、処理が早まることになる。

すべての金融機関がそれを行ったときの合成の誤謬の問題はあるが、日本の不良債権問題とはここが大きく違う。

2つ目は。
「AIGはCDSでリスクをとっていたにもかかわらず、責任準備金を積んでいなかったので、保険金支払い負担に耐えかねて経営が悪化した」、という部分。

これも事実誤認で。
実際に倒産が多発して、倒産保険金を支払うためのお金が足りなくなって破綻しかけた訳ではなく。
保有するCDSの時価が下落して、PLを思いっきりヒットしたのと。
保有する債券の時価の下落により、減損処理を行ったためで。

実現損じゃなくて、評価損。
繰り返しになりますが、債券は一定以上価格が下落すると減損処理されて時価評価に移行し、そのときの時価に基づいて評価損を出さなければならない。
デリバティブはそもそもはじめから時価評価。

そう言う意味で、実際の価値から大幅に乖離して資産査定を行っていた日本の90年代の問題とは大きく状況が違うのです。

ここ大事なところですから。

そもそも、AIGの今回の米国史上最大の企業損失の原因は。
CDSがらみの損というよりは、主に保有する債券の評価損。
何でもかんでもCDSっていうのは、間違い。

ウソつけ、という疑り深い人のために、証拠を。
こちらが、2008年末時点でのAIGの連結決算。
紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感  最後の空冷ポルシェとともに-AIG
青で丸した部分が、「実現キャピタルロス(実現損)」で、2008年通期で555億ドル(約5兆5千億円)。
ここでは実現損とは書いてあるが、脚注(2)にもあるように508億ドルは減損処理による損失。
つまり時価評価が大幅に下落したことにより、保有する債券を値洗いしたら減損処理が必要となり、508億ドルの損失を認識したということ。
赤で丸した部分が、「AIGFPのスーパーシニアCDSの時価評価による評価損」で、2008年通期で286億ドル(約2兆8000億円)。

AIGFPは、昨年末、スーパーシニアCDSのポジションをネットで2975億ドル保有していたが。
そのうちの1256億ドルは、他の銀行の規制資本対策の為に、企業の信用リスクをCDSの形で引き受けたもの。図中では「Reguratory Capital / Corporate」となっている。
そして、1072億ドルは、他の銀行の規制資本対策の為に、欧州のRMBS(住宅ローン担保証券)のリスクをCDSの形で引き受けたもの。
二つ合わせると2300億ドル強となり、ポジション全体のの8割弱となるが。
紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感  最後の空冷ポルシェとともに-AIG SS CDS
その8割弱のポジションからの実現損は、ゼロ。
全くのゼロ。
紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感  最後の空冷ポルシェとともに-AIG CDS RegCap Corp
紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感  最後の空冷ポルシェとともに-AIG CDS RegCap EuroRMBS
詳しいことが知りたい方は、AIGの2008年第4四半期のプレゼンテーション(77ページとか)を見てください。

FEDが引き取った、Maiden Lane IIIに入ったMulti-Sector CDOのスーパーシニアCDSのポジションからは、実現損も出ているかもしれないが。
いきなりすごい金額で実現損が出ている、というよりも。
真綿で首を絞めるように、今後かなりの量で保証履行(=実現損)が増えてくると思われる。

でも、繰り返しになるけれど。
今回の超多額の損失は、実現損によって引き起こされたのではなく。
債券の減損処理に基づく時価評価と、デリバティブの時価評価によってもたらされた評価損によってもたらされたもの。

そこは、日本の不良債権問題の初期フェーズと、大きく違う。

やはり、住宅ローンというものが証券化されずに、金融機関のバランスシートにローンの形で乗っていたら。
金融危機がここまで急速に拡大することもなかっただろう。

時価評価される金融商品が金融機関のバランスシートに多く乗っかっている時代で起こった、初めての金融危機だから。
金融危機2.0という感じで。

そんな中で市場のボラティリティを上昇させるような政策をとれば。
過大にレバレッジを取っている金融機関の自己資本は、時価評価によって簡単にワイプアウトされ。
さらなるボラティリティを発生させて、ドミノ効果的に破綻が相次ぐことになる。
時価評価の導入によって、レバレッジが高く、時価評価の対象となる金融商品を多く保有する金融機関の経営の安定性が、ヘッジファンドのそれに近いものになった、という言い方も出来るかも。

リーマンの破綻で、その問題に気づいた当局は。
大きく舵を切ったものと思われる。

現時点では、システミックリスクに対する警戒感は、昨年の冬と比べると大きく後退。

この時価評価の問題を見落としてアメリカの金融危機の第一フェーズを語るのは、かなり間違っていると思う。

(パリバショック直後にも上記のようなことを書きましたので、時間がある方は以下のエントリを是非セットで読んでいただければ、と。)

もうサブプライム問題は 2007-08-23
過ぎたるは及ばざるがごとし 2007-08-24


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