父の葬儀から戻ると、姑が出迎えてくれました。私が訃報を受けて帰省するにあたり、快く送り出してくれたことには感謝していました。


その姑は開口一番「さびしくなったねえ」と言いました。それはきっと、姑なりの気遣いだったと思います。でも私は、さびしさや悲しさはなかったので、違和感を感じて返答できませんでした。


すると今度は顔色を変えて、「さびしくなったねえ」と繰り返したのです。


さびしい気持ちにさせたいのか・・・?


一瞬そう考えましたが、これまでの観察結果によると、


姑は自分の考えこそが正しく常識があると信じているので、「身内が死ねばさびしいはずだ。自分の意見に同調すべき。そうでなければ自分が間違っていることになってしまう」


なので表情を険しくしてまで同調圧力を掛けてきて、同意しない私が「また無視した」ということになるのでしょう。それは肉親を亡くした人に対する思いやりではなく、自分の正当性を主張するだけの言葉です。


むしろ、何も声を掛けられない方が良かったとさえ感じる出来事でした。


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もし私が気落ちしていたら、「さびしくなったねえ」はとどめを刺されたように感じたと思います。そして、そんなことを言う姑を恨んでいたかもしれません。義妹は「ゆっくり休んでね」と一言伝えてくれただけでしたが、そこに心遣いを感じられました。


細かい日常にも目を向けて、普段から自分の心の詰まりをとってきて良かったです。家族に対して恨みつらみは持ちたくないと、15年以上の同居生活でつくづく感じました。