ようやく涼しくなってきました。
今年の夏は本当に暑かった😳❗️まさか新潟が日本一暑い日になるなんて、しかも何日も。
こんなことはかつてなかった。
先日、職場の知人が亡くなりました。
8月末に職場で突然倒れ、半月ほど意識が戻らないままに亡くなってしまった。
くも膜下出血だったそう。まだ51歳の若さでした。
同じ係で仕事をしていたことがあって、その後、下の息子の育休を取っていた時期と彼女の育休が一緒だったので、何度か子連れで遊んだことがありました。
不妊治療を経てようやく授かった娘さんを、それは大事にされていて、息子たちへの、私の雑な接し方とはかなり違ってました😅。
うちの会社は部署によって建物がいくつも分かれているから、育休復帰後はそんなに付き合うこともなかったけれど、8月に仕事関係のコンサートチケットが手に入って、お声がけしたら「夫婦で行きたい」ともらってくれました。
久しぶりに会って、成長した娘さんの話など聞かせてもらったばかりだったのに。
まだ娘さんは高校一年生。
倒れたと聞いてから、なんとか命だけでもとりとめてほしいと祈っていたけれど、運命は残酷でした。
倒れる直前まで普通に仕事をしていたらしい。
仕事が激務だったとか、健康診断の結果が悪かったわけでもないそう。
まわりも本人も全く想定し得なかった悲劇。
4年前に検査入院中の幼馴染が突然死した時も思ったけれど、50代はそういうことが起きる確率が十分にある年代なのだろう。
事実、仕事柄、在職中に亡くなったケースを確認してみたら、こういうことはままあるのだ。
私たちはいつもの日常が明日も続くと思いがちだけど、何が起こるかは明日にならなければわからない。
彼女の訃報を受けた時、夕飯のギョーザを作っていた私…。当たり前の日常。
「やっぱり手作りは違うよなー!」と、のんきにギョーザを頬張る夫と息子をみながら、死んでしまったらギョーザを食べさせてあげることも、家族で食卓を囲むこともないんだなと、当たり前のことだけど、切なくなった。
なんでもない日常がどんなに恵まれていて、有り難いことなのか、私たちは普段、忘れてしまう。
童話の青い鳥のように、一番大切なものは手の中にあるのに気づこうとしない。
本当は生きているだけで、奇跡なのよね。
生きているということは、時間とチャンスを与えられているということ。
ちゃんと、忘れずに生きなくちゃね。
お通夜でお会いした娘さんは、すっかり成長していて、取り乱すことなくお見送りをしてくれました。
ご主人が「本当は一週間と言われていたのに、頑張って家族に充分なお別れの時間をくれた。妻は最後まで優しかった。」とご挨拶をされました。
本当に優しくて穏やかな人だったけど、最後まで家族のことを大事にされたのでしょう。
家族を置いて旅立った彼女の気持ちと、残された家族の心情を思うといたたまれないけれど、これが人の命というものなのでしょう。
私たちはだからこそ日常を感謝して生きなくてはいけないし、起きたことを受け入れる強さが必要なのでしょう。
ご冥福を心からお祈りするとともに、これからも彼女には空からご家族のことを見守っていてほしいと思います。
健康には気をつけよう…。
