コロナ…コロナ…コロナ…


自粛…自粛…自粛…

うわーーっ
ちょっとコロナ鬱っぽいかも…😓💧💧💧

25年前の阪神大震災の時
人の優しさ…繋がり…絆の大切さを知った




このコロナで
何を知るのだろう…

人と話すな
人と距離をとれ
今は感染しない為に
感染させない為にも大切






阪神大震災でライフラインが止まり
お風呂も入れず
トイレを流すのもバケツの水を流す
カセットコンロで料理をする

途切れ途切れの駅を歩き
やっと買い出しに行き大きなリュックを
背負っていた時
『えー、めちゃ大変〜ってか
ちょっと邪魔だよね〜』
『マジ⁉️ 大変そ〜、私、無理やわ〜』
そんな心ない言葉を大きな声で言う人もいた
『何も出来ないけど、頑張って』と
飴ちゃんをくれたおばちゃん
(関西では飴ちゃんと言う)
『重いやろ、大丈夫か』と、
支えてくれた人もいる

危機的状況になった時
その当事者の気持ちは
被災者にしか分からない
だけど
その人なりに
寄り添ってくれる人もいれば
着の身着のままで大きなリュックで
買い出ししてる被災者を見て
人事のように見ている人もいた

今回のコロナパニック
皆んなが被災者





そんな時に
医療従事者、救急隊員、警察官、物流、
宅配の人、ライフライン
スーパーやホームセンターで働く人
ましてや
感染した人に対して偏見の言葉を
投げる人もいる

今も昔も変わらず
偏見、差別はなくならない
だけど
寄り添ってくれる人
励まし合える人もいる

何もない
平和な毎日を過ごしている時に
どんな物を身に付けて
どんな贅沢をして
楽しい趣味をして
沢山たくさん色々な皮を身に付けても
危機的状況になり
玉ねぎの皮を一枚一枚剥いていくように
当たり前を一つずつ無くした時
何が残るのかは
その人次第

小さな優しさの芽🌱が残っている
人間でありたい

子供たちにも
そうあって欲しい




大好きなドリカムの歌🎶🎶





誰もが
不自由で
不安で
心がざわざわする

近くで
手を繋いで
肩を抱き合い
頬を寄せ合い
励まし合えなくても
心で…
今は便利なSNSを使い
励まし合う事は出来るはず

私はそんなに強くない
心も広くない
だけど
小さな優しさの芽🌱だけは
なくしたくないなぁと思う

いつか
コロナパニックが終息した時
私たちは
何を学ぶのだろう…