2019年に起きた首相演説ヤジ排除事件で、警察に表現の自由を侵されたとして国家賠償請求裁判を闘っている当事者らが17日、札幌市内で記者会見を開き、政治団体「つばさの党」の選挙妨害事件とヤジ排除問題とを同列に語る報道に抗議の意を表明した。本年4月に起きた事件の報道に際し「ヤジ判決が警察を畏縮させた」などの論調が複数の新聞記事や社説、テレビのコメントなどで散見されるといい、国賠原告らは「そもそもヤジ裁判で選挙妨害は争点になっていない」「しっかり判決を読んでから報道して欲しい」と訴えている。

 

 

◆   ◆  ◆

17日付で一連の報道への『意見書』を出したのは、北海道警察を相手どる国家賠償請求訴訟の一審原告らでつくる「ヤジポイの会」と、原告弁護団。衆議院議員の補欠選挙期間中だった本年4月中旬、政治団体「つばさの党」代表らが他陣営の街頭演説を拡声器などで妨害したとされる事件が起きた(のち党関係者らが公選法違反容疑で逮捕)。これについて一部の報道が札幌の排除問題を引き合いに出し、ヤジ裁判の影響で警察の選挙違反の取り締まりが畏縮したなどとする主張を展開することに。一審原告や弁護団らはこれらの報道を問題視し、個人が肉声で放つヤジと拡声器を使った組織的な演説妨害とは本質が異なると説明、あまつさえヤジ裁判では選挙妨害の有無が争われていないことを改めて訴え、一部報道に苦言を呈した。

意見書発表に併せて記者会見した一審原告の桃井希生さん(28)は「ヤジ排除後、安倍氏が銃撃されたり、岸田氏への襲撃があったり、何かあるたびにヤジ裁判が取り沙汰される」と苦笑し、とりわけ安倍晋三元首相の事件について「銃弾とヤジは全然違うのに、一緒にされてしまう」と歎いた。

「今回の件でも、拡声器での妨害と肉声のヤジが混同されている。必ずしも関連性があるとはしていない報道でも、ヤジ裁判を引用することで印象操作になっているのではないか。SNSなどに『こいつら(桃井さんら)がいるから、つばさの党がのさばるんだ』といった投稿がみられるのも、新聞とかがそれを助長しているんだろうなと」

会見に同席した弁護団は「ヤジ裁判ではそもそも選挙違反は争点になっていない」と、報道機関の基本的な認識不足を指摘した。

「裁判は道警の対応が適法だったかどうかを争っているもので、一審判決で札幌地裁が強調していたように、被告の道警でさえ選挙違反を主張していない。また一連の報道では、疑われる『畏縮』について警察に裏づけ取材をした形跡がみられない。仮に畏縮があったとしても、批難されるべきはヤジ裁判ではなく警察の対応のほうではないか」

一審原告の大杉雅栄さん(36)は都合で会見に同席できなかったが、弁護団を通じて次のようなコメントを出した。

 

 

《「せめてヤジ排除裁判の判決の内容を正しく押さえてから議論してくれ」ということです》《つばさの党の事案となにがどのように関係があるのか・ないのかについて、曖昧なイメージによる連想ではなく、はっきりした根拠を元に記事を書いてもらいたい》

大杉さんがとくにひどいと指摘するのは、読売新聞の5月9日付の社説(⇒)や、その後に発信された一般記事など。コメントでは「日本で最も発行部数の多い新聞が、ネトウヨ向けのコタツ記事みたいなものを書いていてはまずいのでは」と苦言を呈し、以下のような「余談」を明かしている。

《実家に住んでいる僕の父は30年以上読売新聞を読んでいますが、これらの記事に目を通した上で「読売クソだな」と吐き捨てていました。ちなみに、同様に保守的な論調で知られる産経新聞に関しては、僕に対する個別インタビューを行い、きちんと主張を載せてもらえたので(5月21日)、その点については感謝しています》

札幌で提起されたヤジ裁判は現在、当事者双方が最高裁に上告中。札幌地裁の一審判決は原告側実質全面勝訴となったが、二審の高裁では桃井さんの勝訴が維持された一方、大杉さんの訴えが退けられる結果に(既報)。一審原告の桃井さんは、改めて「私の部分への道警の上告は不受理に、大杉さんについては逆転勝訴を願う」と話している。

 

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。