主体性を持って仕事をするというのがなぜモチベーションになるのだろうか??

 

 

 

それは人間にとって、そもそも自分で選択するということは快感を感じるようだ。

 

 

●ケンブリッジ大学のルーククラークの話

サイコロや宝くじのような純粋な確率ゲームではあたりの確率は賭けをする人自身が当たり外れの過程に直接関わるか否か(くじを買ったりサイコロを転がしたりする)に関係しない。しかし、根本的にランダムな事象であっても賭ける人自身が個人的なかかわりを持つ方が賭ける金額が多く長くギャンブルを続ける傾向にある。場合によっては直接的な関わりを持つ気持ちがゲームの行動の在り方に影響することすらある。たとえばサイコロを振るときプレイヤーは小さい数を出そうとするときの方がそっと転がす傾向がある。

 

ケンブリッジ大学のルーククラークらはギャンブルの持つこうした非合理的な側面について二つの仮説を立てた。スロットマシンのニアミスで快感回路が大きく活性化するだろうということと完全にコンピューター側がコントロールしているという形よりもプレイヤー自身がなんらかのコントロールをしているという形の方が活性化が大きいだろうという二つだ。クラークらは40人の被験者に脳スキャナーに入った状態でスロットマシン画面を見てもらった。画面は単純化してあり、リール(スロットでくるくる回る画面)は二つだけで一方が固定され、もう一方が回転した。固定リールの位置を被験者が決められる試行と、コンピューターが決める試行の両方が実施された。二つのリールの絵柄が一致すると被験者には賞金50ペンスが支払われる。固定リールと同じ絵柄が回転リール上で当たりの一つ上または一つ下に留まった場合にニアミスとカウントする。ニアミスの場合も全くの外れの場合も賞金はない。コンピューターのプログラムによりニアミスが6回に2回あたりが6回に1回完全に外れが6回に3回現れるようになっている。各試行の前に被験者に「勝率はどのくらいだと思いますか」と質問しておく。試行後には「結果にどのくらい満足していますか」「ゲームを続けたいという気持ちはどのくらいありますか」と質問する。従来の研究を裏付ける形で固定リールの位置を自分で決めるときの方が勝つ確率の評価もゲームを続けたいという気持ちも高かった。また、買ったときに満足した率も自分が絵柄を決めた試行のほうがコンピューターに決められた試行の時よりも高かった。ニアミスの時は完全な外れに比べて満足度は低かったが、続けたいという気持ちの喚起では同じだった。ただし、これは固定リールを被験者自身が操作した場合に限られる。

 

脳スキャンデータの検討から二つの大きな結論が得られた。第一にすべての試行においてニアミス時の快感回路のVTA標的領域の活性化は勝ちとほぼ同じ程度だった。ニアミスでも勝ちでも側坐核と前島は同じように活性化した。しかし、その近くにある腹側全体上皮質は勝ちと自分で操作した思考でのニアミスでは活性化したけれどもコンピューターが決めた試行のニアミスでは活性化しなかった。これらの結果からギャンブルに関わる非合理的な行動の一部が説明できるかもしれない。つまり、ニアミスによって価値に関連する脳領域が活性化するとそれは何らかの快感として経験されるということだ。そして被験者が自分で何かを操作できる時には更に快感が強まる。脳はこのような活性化パターンがギャンブルを続けさせるニアミスの力の基盤いなっていると考えることができる。

 

 

今回はギャンブルのケースであったが、この「自分で選択している」「自分で決められている」というのは「主体的に仕事ができている」ということと同じことだと思われる。

 

実際に幸福度についてもサラリーマンよりも労働時間が長く責任が重たい中小企業の社長の方が幸福を感じているようだ。その理由は「自分の時間を自由に自分で決められている」という感覚があるからだという。ここで大切なのは実際に自分で決められているということよりも決められていると感じているかなのである

 

つまり、「主体性を持って仕事が自分はできている」という感覚が大切だということだ。しかし、何個か前に投稿したブログのようにアジア系の人は管理されている方が仕事がはかどる人もいる。そこは気質による違いも見極めなければならないのかもしれない。

 

最近オフィスに出社していて明るい気持ちになることがある。ちなみに私はどちらかというと人とあまり関わりたくないので人が行き交う場所は苦手だ。でも、明るい気分になるのはなぜなのかと考えてみた。それに対して「なるほど」と思う記事があった。また次回かまた今度書きます(笑)