日本、中国、韓国、ASEAN各国など15カ国は先月、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に正式に合意し、協定に署名した。米国、インド、欧州を除き、しかも米大統領選の結果が判明しないタイミングで同地域を巡る合意がなされることは、トランプ政権以前には考えにくかったことだ。なお、当初この協議に参加していたインドは昨年離脱した。

 

第二次大戦以降の外交の中心であった米国のトランプ政権がパリ協定を離脱したことは、世界最大の経済国が気候変動に関する科学的知見を否定する状況を浮き彫りにしたほか、外交の主導権を放棄するかのような印象が残った。パリ協定やオバマ政権時に結ばれたイラン核合意からの離脱によって生じた空白を埋めるべく、中国は「一帯一路」構想やアフリカ進出などを通じて影響力を拡大している。

トランプ政権は、対中関係において習近平国家主席との親密な関係をアピールする一方、関税引き上げに臨み、米国製品の購入コミットメントを要求した。こうした強硬な措置の中には、国内の大企業や農業から反発を受けるものもあった。しかし、ウォルマートやアップルを始めとした大企業の「世界の工場」として急成長した中国を巡っては、その成長とともに格安な労働力の妙味が薄れる一方、知財権侵害や技術移転の強要などの問題が浮き彫りになった。

 

中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)は、政府とのつながりへの懸念から米市場へのアクセスをおおむね断たれた。現在の通信分野で最も注目される5G関連事業では技術やコスト面で優位に立つファーウェイだが、その市場アクセスは米国のみならず日本や欧州でも限定的になっている。5Gインフラ事業に関しては欧州勢が中国勢を追随する構図になっており、そこに米国企業は絡んでいない。

 

また、2018年12月にはカナダ当局がファーウェイの孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)を逮捕した。創業者の任正非氏の娘である孟氏の米国の要請による逮捕は、イラン制裁関連の詐欺容疑に基づく。米国が身柄引き渡しを求めた副会長本人は罪状を否認した。この件はカナダと中国の二国間関係に重大な影響を及ぼし、カナダ国籍の男性2人が中国で拘束されたことは報復措置とみられている。中国はその後、この2人をスパイ容疑で起訴している。

 

5Gだけでなく、ドローン、無人車などでも競争力を示す企業を擁する中国は、国家を挙げて技術革新を奨励することで、今後も一段と存在感を発揮する公算が大だ。

キャッシュレス決済、フィンテックなど金融の分野でも中国は重大な影響力を示す潜在力を持つ。世界で初めて紙幣を使用した歴史を持つ中国では、これまでクレジットカードが普及していなかったこともあって、QRコードを利用したキャッシュレス決済が爆発的に浸透した。

 

米国が中国より圧倒的に優位に立つ要素に基軸通貨としてのドルがある。人民元はこれに取って代わる存在になっていないが、今後キャッシュレス決済やデジタル通貨を通じて中国が影響力を拡大する可能性はある。

 

キャッシュレス決済の普及を主導したのは電子商取引最大手のアリババやネットサービス大手のテンセント。アリババの馬雲(ジャック・マー)会長は、デジタル金融取引を手掛けるアント・グループをスピンオフし、機敏さに欠ける国有銀行が手を出さないような小企業への低金利融資を積極的に行った。英エコノミスト誌によると、アントはわずか5年間で中国の消費者金融市場の約15%、小事業融資市場の約5%を占めるまでになった。こうした融資分の債権はまとめて証券化され、他の金融機関に販売されている。

 

この状況をにらんで、2000年代後半の金融危機の一因となった証券化ブームの再現を危惧する規制当局は、こうした証券の発行体にも銀行と同程度の自己資本規制を適用した。

 

それでも、中国の比較的緩い金融規制は、アント・グループが資産運用、保険業務にまで手を広げることを可能にしている。ここ数年にわたり急成長を享受してきた同社は11月5日に上海と香港での新規株式公開(IPO)を通じて約340億ドル(約3兆6000万円)を調達する予定だった。しかし、直前の同3日にIPO延期が発表される異例の事態となった。

 

これは馬雲氏が10月下旬の上海での当局・金融関係者の出席する会合で中国の金融規制を批判し、これが当局の怒りを買ったことが原因となったようだ。国務院は、フィンテック企業を当局の監督対象に含めることを決めた。また、IPOは「習近平主席の鶴の一声で中止になった」との報道もなされた。

 

今後フィンテック企業が当局の監督下に置かれることによる影響は、個人、小企業への低利融資および富裕層や機関投資家向けの信託商品のデフォルト増加懸念などとともに、中国に関して注目すべき要素となっている。

アリババを始め、米国株式市場での資金調達をテコに急成長した中国企業は多い。これまで、米国上場の中国企業は海外組で唯一米国会計基準への準拠を免除されていた。

 

しかし、米下院は今月、中国企業が米国の監査基準を順守しない場合に上場廃止処分の適用を認める法案を全会一致で支持した、とウォール・ストリート・ジャーナルは伝えた。

 

この件に関してフォーブスは、米証券取引委員会(SEC)と中国証券監督管理委員会(CSRC)が水面下で調整してきた可能性がある、と報じた。アリババや百度(バイドゥ)など米国上場の中国株は、投資家に多大な恩恵をもたらした実績がある。今年に入ってからも中国企業の米国上場が続いていることは、舞台裏でこうした調整が進むことを示唆する動きとみなすこともできよう。

 

「アメリカ・ファースト」のトランプ政権の、気候変動やイラン核合意を巡る判断によって生じた外交上の空白は、中国にこれを埋める格好の機会をもたらした。RCEPに関する合意に先立ち、2016年には中国の囲い込みを念頭に置いて日本、米国など12カ国の間が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に合意した。

 

しかし、米国がトランプ政権となった翌年にTPPを離脱したため、残りの参加国は一部の規定の発行を停止する形で2018年末に新たに環太平洋パートナーシップに関する包括的かつ先進的な協定(CPTPP)を発効した。CPTPPには中国、韓国も参加意向を表明している。

気候変動では、中国は脱炭素化への決意を示している。政権運営に一大政党である共産党の方針が強く反映される中国では、いったん宣言されたことは実現される傾向がある。このため、その決意表明は他国に同様の取り組みを促す作用が働くことになる。

 

こうして多方面でプレゼンスが拡大する中、中国のしばしば高圧的な外交や南シナ海、東シナ海などでの軍部の動きには反発や違和感も広がっている。

 

香港では今年、議会で民主派を淘汰する動きとそれに反発する市民との激しい衝突が続いた。また、オーストラリアを巡っては、最大の貿易相手国である中国のコロナ禍での責任を調査すべきと世界保健機構(WHO)で提言したことをきっかけに、中国がオーストラリアに経済制裁措置を発動するなど、2国間関係は急速に悪化している。

バイデン次期大統領は、外交に精通しており、各国の有力者との関係を築いているといわれる。それでも、対中関係においては、今後厳しく微妙な局面での対応を余儀なくされることになる。

 

トランプ政権のジョン・ラトクリフ国家情報長官は先週、「中国が米国や世界を経済的、軍事的、技術的に支配しようとしていることをインテリジェンスは明白に示す」と述べた。2017年末の国家安全保障戦略に沿ったこのコメントは、オバマ政権時とは異なり、もはやバイデン政権が「平常通り」取り組むにはあまりにも二国間関係が変化してしまったことを示す。