今年の米大統領選では、民主党のジョー・バイデン前副大統領が現職のドナルド・トランプ大統領に挑んでいる。新型コロナウイルスの感染数(680万超)、死者数(19万超)がいずれも世界最大の米国では、パンデミックへの対応を巡るトランプ政権への批判、不満が募っている。

火災でオレンジ色のサンフランシスコ

ワクチンの開発は選挙に間に合うとの持論を繰り返すトランプ氏は、米疾病管理予防センター(CDC)のロバート・レッドフィールド局長が「感染防止にはワクチンよりもマスク着用の方が有効かもしれない」「ワクチン投入は2021年第2、第3四半期になる見込み」と議会証言したことに反論したという。

 

また、2月下旬の時点でトランプ氏が中国の習近平国家主席からコロナの深刻さについて伝えられたことも明らかになった。トランプ氏がその後もしばらくはコロナを軽視する発言を繰り返していただけに、波紋を呼んでいる。

 

ここにきて、人気ポッドキャストを手掛けるコメディアンのジョー・ローガン氏は、大統領候補2人との4時間の討論会の主催を提案した。すると、トランプ氏はただち「I do」とツイートし、これに参加する意向を示し注目された。対照的に、バイデン氏はこの件について沈黙している。

 

ローガン氏のポッドキャストのユーチューブでの視聴回数は、大手メディアのコンテンツに勝るとも劣らない規模にある。たとえば、米当局の大規模監視プログラムについて告発したエドワード・スノーデン氏をリモート形式でゲストに迎えた最近のエピソードでは、視聴回数が配信後4日間で460万回を超えた。このポッドキャストの高人気の一因は、フォックス、MSNBC、ニューヨーク・タイムズなど右派、左派のコーポレートメディアのカバレッジ、論調に満足していない人の多さにあると考えられている。

 

ちなみに、これまで同ポッドキャストに招かれた政治家は、民主党の大統領候補を選ぶ予備選に臨んだトルシ・ギャバード下院議員(民主党、ハワイ州)、元起業家のアンドリュー・ヤン氏、バーニー・サンダース上院議員(無所属、バーモント州)の急進派3人だけだ。

 

今春の予備選でそれまで露出を控えていたバイデン氏を他候補が軒並み支持を表明し、優勢ぶりが鮮明になった時点で、ローガン氏は高齢の同候補の認知力について率直に懸念を表していた。ローガン氏が討論会を仕切れば、メディア主催のイベントのように論調をコントロールできないことは必至であるため、バイデン陣営は参加に慎重だと考えられる。これまでトランプ氏がいかなるコメントを発しても支持率への影響がほとんどなかったことを踏まえても、世論調査でリードする現状であえてリスクを負うことは避けたい、との思惑がバイデン陣営に働くことは想定できる。

民主党大会では、トランプ再選を阻むことが強調された一方、コロナ対策を含む政策への言及には乏しかった。一時は予備選を制する勢いだったサンダース氏の支持層であるアマゾン、ウォルマートなどの労働者、若者、ヒスパニック系などの有権者に対して、バラク・オバマ前大統領などコーポレート民主党は、打倒トランプで「一致団結」するよう呼び掛けた。

 

しかし、大会のスピーチでは、サンダース氏やアレクサンドラ・オカシオコルテス下院議員(民主党、ニューヨーク州)など急進派よりも、コリン・パウエル元国務長官、ジョン・ケーシック前オハイオ州知事ら共和党勢の時間が長かった。これはバイデン氏の超党派の政策を重視する姿勢を表したと解釈することもできよう。バイデン氏がウォール街などの有力支持者との会合で「何も変わることはない」と伝えたことも明らかになっている。

 

予備選で米国による世界各地での政権交代政策を批判して注目されたギャバード氏は、その後ヒラリー・クリントン元国務長官と辛辣な舌戦を繰り広げたこともあって、党大会に招待されなかったという。また、急進派の有力ネットメディア、ヤング・タークス(TYT)が大会から敬遠されたことは、「団結」という建前とは裏腹に、コーポレート民主党が急進派の躍進を抑えることに躍起である様子はクリントン氏、オバマ氏のコメントからも見て取れる。

 

米議会では、すでに圧倒的に世界最大である同国の軍事費をさらに増やす法案が超党派に支持された。これはクリントン政権以来の超党派の支持層である大企業や軍産複合体などの意向に沿った政策の一環だが、予算の10%削減を求めた急進派にとっては、すんなりバイデン支持することのへの危機感をもたらす動きだ。

トランプ政権における超党派の懸案には、他に減税など法人や富裕層への優遇策があった。特に、コロナ対策として当局が金融市場の安定化のためにあらゆる措置を講じる姿勢を示したことを投資家は好感、実体経済の深刻な落ち込みを尻目に株式市場は比較的堅調に推移してきた。

 

中でも好業績につながる大企業が注目されたテクノロジーセクターが上昇した。このため、20世紀前半の大恐慌以来の失業急増によって多くの労働者が甚大なダメージを受けるのとは対照的に、アマゾンのジェフ・ベゾス氏など巨大テクノロジー企業の大株主の資産はむしろ一段と増え、格差拡大に拍車をかけている。

 

こうした状況下で民主党議員の大半が軍事費の拡大を支持したことは、政治資金の制限を実質的に取っ払った米国が抱える深刻な構造問題を象徴する。さらに、有力メディアがこの問題をあまり取り上げないことも重大な影響を及ぼしている。

 

コーポレート民主党に共通するのは、首都ワシントンの政治的慣習にどっぷり浸かるあまり、有権者、中でも過去に主な支持層だった労働者とのコミュニケーション不足だ。

 

これに対し、トランプ氏に対抗する候補が浮上しなかった共和党大会では市民の声も反映された。

2016年、MSNBC、CNNなどリベラル系メディアがヒラリー・クリントン候補の圧倒的優勢を伝える状況で、「トランプが勝つ」と警鐘を鳴らした社会派の映画監督マイケル・ムーア氏は、今年も再び同様の危機感を訴え、今回のバイデン氏のリードが前回のクリントン氏よりも少ないことや、前回はトランプ氏が制した激戦区のミシガン州で、今年も共和党の存在感のみがこれまで目立つことを指摘した。

 

コーポレート民主党のこうした姿勢は、前回のように挑戦者として既存の政治を批判する立場にないトランプ氏に付け入る隙を与えることにもなりかねず、今後の動向から目が離せない。

上記の超党派決議を支持しない急進派だが、コロナ禍の給付金、家賃支払い免除・肩代わりなどの政策を推進するための十分な勢力を上下院で得ていないのが現状だ。今後はサンダース氏という絶対的ながら高齢のリーダーの後継者を見つけることが急務となるほか、上下院議員選挙の予備選における現職コーポレート勢との争いに少しでも多く勝利することも重要だ。

 

この点で、2018年にニューヨーク州14区の連邦下院議員選の予備選で党有力者を相手に予想外の勝利を収めて一躍脚光を浴びたオカシオコルテス氏は、新たな潮流を象徴する存在の1人になった。今年もいくつかの予備選に注目が集まっている。

 

6月のニューヨーク州16区の予備選では、急進派で元学校校長のジャマール・ボウマン氏が下院外交委員長を務めるエリオット・エンゲル議員に勝利した。こうした動きはこれまで大都市圏中心だったが、8月にはミズーリ州1区の予備選で看護婦のコリ・ブッシュ氏が現職議員に勝利した。これらの候補が本選も制すれば、急進派の影響力は議会で増すことになろう。

 

ただ、グリーンランドや北極の融氷が最悪シナリオを超えるペースで進んでいる、と最近の報道は示しており、危機的状況への対応が求められる中、急進派の勢力拡大を待つだけでは持続性を保つために必要な変化が間に合わないという懸念がある。

 

この観点で注目されたのは、マサチューセッツ州の連邦上院議員選の予備選だった。現職のエド・マーキー上院議員は、気候変動やエネルギー問題に取り組むことで知られるが、これに対抗してケネディ一族からジョー・ケネディ氏が出馬した。結局マーキー氏が圧勝し、ジョー氏はケネディ一族として初めてマサチューセッツ州の選挙で敗れた。

 

マーキー氏はオカシオコルテス下院議員とともに経済政策を含む「グリーン・ニュー・ディール」を提唱したが、下院議員時代にはイラク戦争を支持するなど、サンダース氏のように一貫して急進派であったわけではない。しかし、急進派にとって、マーキー氏の勝利がコーポレート勢からの支持を広げることにプラスになるとの期待感も芽生えた。

 

大統領予備選で2月にバイデン氏が一気に巻き返しを図った際、サンダース氏が「ジョーは友達」と述べて大統領候補の座をすんなり譲ったかのような印象が広がったことについて、「今度こそ」と変化に期待していた急進派は大いに失望した。

 

バイデン優勢が鮮明になった直後にコロナ感染が激増し、医療保険制度の改善やベーシックインカムの導入など、サンダース氏が唱える政策が生存に肝要となった国民が急増したのにかかわらず、議会が大企業や金融市場の安定を最優先させたこともまた失意につながった。

バイデン氏は、急進派と複数のタスクフォースを組むことでサンダース氏の政策を取り入れる姿勢を示した。コーポレート民主党にクリントン政権以来の新自由主義を見直させることは容易でないだろう。しかし、バイデン氏が決して政策重視型の政治家でないことは、気候変動対策など政策面で急進派が主導権を握る余地をもたらすかもしれない。

 

2016年大統領選のトランプ氏や2018年連邦下院議員選の予備選のオカシオコルテス氏の勝利は、もはや圧倒的な資金力を持ってしても政治を必ずしも左右できなくなったことを示した。議会ではまだ少数派の急進派だが、サンダース氏が20代、30代から圧倒的支持を得ていることが示すように、勢いはある。

 

海面水温の上昇や北極、南極、グリーンランドなどの大規模かつ最悪のシナリオを上回るような融氷が気候危機を示すことは、トランプ氏がいかに弁明しようとも覆えることではない。未だに気候変動を否定する共和党からバイデン氏率いる民主党へと政権が変われば、気温上昇を最小限に抑える、という人類が抱える重大な課題にはプラスに働くことが期待される。

 

あくまでも現状維持を追求する既得権益を打ち破ることは決して容易でない。それでも、現状維持がエコシステムの崩壊につながる危機が表面のにならず深海にまで広がり、対策を講じるための期間は限られると国連などが警鐘を鳴らす現状において、米国の政治動向は最大の影響力を持つ。世界各地で頻発、増幅する台風、ハリケーン、干ばつ、山火災などは、サステナビリティを目指す政策の推進がもはや待った無しの状況にあることを示している。