トランプ大統領 独立記念日(7月4日)メッセージ

 

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記事はこちらから ベル 『問題の所在はカルトうんぬんではなく、価値観の強要なのだ。』

 

 

(今回の記事や皆さんのコメントを読ませていただき、以前から疑問に思っていたことを改めて考えさせられました。いささか遅れてしまいましたが、とても大切なテーマだと思いました。)

 

そもそも、日本やアメリカなどの自由な国に住んでいるなら、基本的には強制的に偏った宗教や思想を押し付けられる事はありません。憲法で保証されています。

 

自分で選んだ宗教ならば、そこに付随する細かいこと、例えば

 

“絶対信仰、絶対愛、絶対服従 (家庭盟誓8番)” とか

 

“友のために命を捨てること、これよりも大きな愛はない(ヨハネ15:13)” などなど、

 

できるできないは別としても肯定的に受け止められます。

 

ところが最初の出発点で確信が持ててなかったり、途中から不信感を持ったとしても、正直なその気持ちに従えないまま進んでしまうと、不本意な道を辿る羽目になってしまいます。

 

日本人は特に「和」を重んじます。協調性、人と同じでないと落ち着かない、空気を読むなどの特性があります。そこが落とし穴になる事があるようです。

 

今回のワールドカップでの日本人サポーターのマナーの良さが世界中で話題になっていますが、大好きなサッカーのためですから、自然体で苦もなく行動してくださったことと思います。「和」を重んじることが素晴らしく現れた事象だと思います。THE Sun (イギリス)の報道

 

反面、「和」を乱すとみなされたなら、そこには恐ろしい制裁が待っている可能性もあります。

 

仲間はずれ、いじめ、古くは村八分とか。同調圧力という表現もされているようです。この事を恐れて、自己判断・自己責任を放棄するようになってしまいます。

 

戦後、特に私の世代の方々は「ゆりかごから墓場まで」という詐欺教育を受けて来ましたので、何か(政府、団体、組織など)に依存することに慣らされ、頼ってこそ生きてゆけると刷り込まれました。そのような意識改悪の成れの果て、満足できればいいのですが、期待はずれだった場合に問題が生じます。

 

これらのことが、問題の本質や始まり経過を無かったことのように無視しているために、迷路をさまようことになってしまって悲劇を助長しているように感じます。

 

 

 

そして宗教に付随する細かいこと、“絶対信仰、絶対愛、絶対服従”

“友のために命を捨てること、これよりも大きな愛はない”

これは自分自身の成長・精進の為の言葉であるのに、お互いを裁いたりコントロールするために利用されてきてしまった現実を否めません。明らかに強要であり、同調圧力です。

 

今流行りのポリティカル・コレクトネスは、自分の考えをはっきりと伝えられない人たちが、力ずくで相手の言葉を封鎖しようとする現れで、相手を支配しようとする“独裁”と何ら変わりが無いということに気づくべきと思います。

 

更に言うなら、いつの時代も、どの国や人種も、どんな組織に属そうと属していまいと、

その事が根本的問題というよりも、何を選択するのか(できるのか)が大切であり、

その選択権(別な表現をするなら創世以来神様によって与えていただいている人権)を剥奪しようとする存在が大問題です。

 

いかに善なる事であっても、強制的に従わせれることはあり得ないし、あってはならない事であります。

 

相手の考えを無理矢理変える必要はありません。一人一人の自由意志を束縛することの方が最も恐ろしいことだと思います。

遠回りでじれったく感じても、自然な流れで共感を得られるように実践する方が理屈に合います。

 

そこで私たちが勘違いしていたのが、天国はメシヤによってもたらされ自動的に訪れそこの住人は善人のみになるという発想です。

 

この勘違いが悲劇のもとだと思います。

 

聖書によれば、神様だに人間の意志を尊重されたという事実。

 

真逆に、自分のいう事を聞いたら全て叶うと大嘘をついて

不自由な支配下に陥れたのが蛇(堕天使)でした。

 

 

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Voices of Lee //No Longer Slaves 王冠1

 

 

 

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