ふんわりシフォン -224ページ目

君にアイスを買ってあげるよ 4

森田先輩の言葉に息が詰まる。

確かに悩んでますけどね。誰が原因だと思ってるんですか。

「森田先輩みたくモテたらきっと悩みませんよ」

「俺?モテないね。彼女、絶賛募集中だよ」

熱々の焼鳥を、はふはふ言いながら頬張っている。本当に旨そうに食べる人だ。見ていて気持ちがいい。

「赤ちゃん出来たって噂になってますよ」

「誰に?」

串がだらんと垂れさがる。じとっと睨みつける。

「……俺かぁ!?」

くしゃくしゃと髪を掻き回す。落ちつこうと、ビールを煽ってから口を開く。

「どこでそんな噂が出てくんだか」

緩めたはずのネクタイにまで手をやる。一気に酔いが回ったらしい。顔に朱がのぼる。

「誤解されるようなこと言ったんでしょ」

「身に覚えがない、オカシイだろ」

案外照れてるのかもしれない。
ふっと真面目な顔をしたかと思うと、聞いてきた。


「橋田は自宅だっけ」

「そうですよ」

「アレルギーないよな」

「まぁ…ありませんね」

ふうんと考えて、

「帰り、付きあえよ」

そう言ってきた。








体格のいい先輩は、足も長くて一歩が大きい。標準的に少し足りない(自己申告)男子としては、ちょこまか纏わり付くように追いかける。

急いでるみたいだった。いつも気のつく先輩なら、連れに合わせる配慮をしてくれるのに、目指す場所へ一目散だ。

公園を抜けると思ったら、砂場のそばの薮に向かって声をかけた。


「おい、出てこいよ」

がさごそと鞄を漁ると、コンビニ袋から餌を取り出した。
音に釣られてか、茂みからひょこひょこと子猫の頭が覗く。

白のぶちと、トラ猫、白い靴下をはいた黒猫だった。

「俺の子供」

皿にあけられた固形餌を、一生懸命食べている。まだ餌が少し大きいのだろう、時折頭を揺すりながら夢中になっている。

「俺さ、アパートだから飼えなくて引き取り手を探してたんだよな。今日、取引先で貰ってもいいって言ってもらえて、スゲー嬉しかったんだ」

それはオンナじゃない?聞いてみたくなったけれど、そのことに関心はないみたいだ。
彼女候補に入ってないみたいですよ、と教えてやりたい。

「でさ、どう橋田も」

期待した顔で聞いてくる。見せたからって情が移ると思ってるのか。

小さくてみーみー泣いて、一匹だったら生き残れないだろう。三匹いたから寄り添って生きてこれたんだ。
「じゃ、靴下はいた奴」

ふうんと言ってから笑った。

「よく見て決めたんだろ」

「一番美人だからですよ」

三匹のなかで、一番痩せっぽちだった。ぴんと立てたしっぽはお情けみたいな毛がチョロチョロ生えているだけだったし、後ろの右足は引きずっていた。

ただ、気性は穏やかで自分とは合いそうだと思った。

「いい男だな、お前」

「今頃わかったんですか」





帰ったらメールをしよう。猫の写真を添えて。先輩の秘密をばらしてやることにした。





君にメール 5

今日は満月

月の出は東京では19:14になっています。昨日の月は登りはじめの大きな月を見ました。すぐに雲に隠れてしまったけれど。

願いごとをしたり、お金の貯まるようにお財布フリフリしたりしましょう。

お財布からはキャッシュカードなど使うことに関するカードは抜いてくださいね。お財布でなく、通帳でもいいそう。



引き寄せの法則は、叶えたいことを肯定のかたちで言いますよね。

『まわりの人に親切にしてもらい幸せです』

『仕事がスムーズに終わります』

とかとか。いまはちょっと違うけど、そうなりたいなら、書いてみたり、人に言ってみる。考えていることを引き寄せるから、あまりマイナス思考にならないほうがいい。

自分はダメだなんて思わずに、頑張ってる自分をねぎらってね。今日も仕事出来たじゃない。今日も学校に行って頑張ってこれたとか。行くだけでも、凄いって人もいるから。



知りあいの子供が病気になり、ずっと欠席しているそうです。免疫の病気なので、完治するのは大変です。
マラソン大会で一番になるくらいスポーツ万能な子が、うなだれているのはかわいそうでね…



でも 幸せはあるはずだから


きっと誰にでもあるものだから、好きなことを出来るのは幸せです。

FULL MOON 18

緑に満たされた大地だった。滴るような緑に満ちた場所に、ひっそりとその場所はあった。

庵のような草むした屋根。傾きかけた扉から虎が現れる。ドキンと心臓をわしづかみにされたように息がつまる。

…金の双眸には殺意はない

あるのは…悲しみ?

かばうように明け星が虎との間に割って入る。



「地の方にお会いしたい」



虎は顎をあげて中を示す。地鳴りのような低い声が、喉を鳴らすように押し出される。

「入れ」

足音もたてずに、また扉から中へと消える。黒猫の後について、怖々と薄暗い家の中に足を踏み入れる。

目の慣れるまでの間も、心臓がばくばくする。



「よぉ来なすった」

日本語?

「わし、日本語話せる。心配いらん」

まどからの薄明かりに、寝台で起き上がる老人がいた。小柄で、温和な雰囲気を漂わせている。

「はじめまして。朔也です」
「よく顔を見せてくれ」

しょぼしょぼとした目をしばたくけれど、どれだけ見えているんだろう。

「おお、おお若いの、合格。これで安心」

息を吐いたら、紙袋がぺしゃんこになったみたいに薄い胸だった。

「呼びつけてすまんの、これは直接のやり取りしか出来んようでな」

筋ばった手が、脇から棒を取りあげる。

「お前さんにやる。使い古しだが、まだ使えるだろうよ」

磨きこまれたように、長年に渡って使い込まれた艶がある。

「いいんですか」

「いい、いい。持って行けんから。樫の木は硬くて強い。次はそうしたらいい」

樫の木はどんぐりの木で、硬くヌンチャクや木刀などの武具にも使われる。外国で言うなら、オーク。魔法使いの杖になる。

この棒は、魔法使いの杖みたいだ。持つと滑らかで、あたたかい。

「なにかやるのか」

棒をくれておいてそれはないだろと思う。

「空手をしてました」

「わしは少林寺。そうか、使うか。無駄にはならんな。わしら地の者は木と相性がいい」

すっと背筋を伸ばすと、空気が変わる。殺気ではなく、神域の空気といったらいいだろうか。木々の出す、精練な空気。手だけ構えて、ふと下ろす。

「よかたら、見せてくれ」

「はい」






礼から構えに入る。狭い場所ながら、物が少ない。気をつけるのは、虎と猫くらいだ。目で空間を測る。

突きから、旋回を繰り返す。手の平に滑らす棒の感触はよく馴染んだものだ。





…しょっぱい。

汗だ、あちこちから汗が出る。目からも、鼻からも。
気をつけて呼吸をしないと、吐く息が乱れる。震えて嗚咽になりそうな吐息。息を止めたらダメだ。唇を噛んでやり過ごすことはできない。

合わせるように、老人の腕も動く。ゆるぎない力が指先にある。

間合いを測りながら、近くに繰り出した棒を避けようともせず、軽くいなす。






聞くことは、沢山あるのだろう。沢山教えてもらわなければいけないのだろう。
ただ、その時間はあまり残されていないのだ。

一連の演武が終わり、荒い息に紛れて嗚咽が漏れる。堪えられなかった。



「いい物を見た」

静かに涙が頬をつたう。しわの間を乗り越えて涙は、服を濡らす。老人は拭いもしない。

「後は頼む」

ぐすぐすとしゃくりあげながら、袖でぬぐう。後から後から湧いてきて、尽きることを知らないかのようだ。

「俺、何も知りません」

「わしも知らんかった。お前さんの好きにするがいい。迷ったなら相棒の猫に聞くといい」

黒猫はかしこまって座っている。





のそりと部屋の隅にいた虎が寝台の脇までやって来る。



「お別れじゃ」

差し出された手を両手で包みこむ。しわの多い、あたたかな手から、体に流れこんでくる。脈打つ血管を意識するような感覚。

これで最初で、最後なのだ。