瀬織津姫 & クンダリーニ…No.83 | 8484yogiさんのブログ

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瀬織津姫No.83

旅の話なのですけど、そこに関係するキーワードに関連して、話はあちこちと飛び回ると思います。キーワードはサインなのです。

前回は桔梗(ききょう)の花を団扇の絵柄や錯覚として見たことから、それを一つのキーワードと捉え、そこから話を展開しました。その桔梗のカタチの五芒星は、陰陽師である安倍晴明の桔梗印(紋)に繋がりました。五芒星は魔除けとして使われますが、五行や五星を表す時にも使われますし、エジプトでは子宮の表象でもありました。

ウィキによると、岡山の千手寺など、五芒星と千手観音がセットで祀られる寺があるそうです。千手観音は瀬織津媛と暗に習合されていましたよね。

で、ウィキを見ていたら、陰陽道の陰陽という文字は古くは「うら」と発音したという文章を目にしました。千手寺は吉備津神社に関係するそうなのですが、吉備津彦命が退治した鬼は温羅(うら)という名前ですから、何らかの関係があるのではないかと記されていました。再検証はしませんが、温羅=うら=陰陽ならば、鬼=御丹=気(クンダリーニ)ですから、陰陽とクンダリーニで、鬼退治とはクンダリーニ昇華の話を古事記のように物語として描いたものなのかも知れませんね。

同様に浦嶋子(うらのしまこ=浦島太郎)の浦も陰陽(うら)となります。浦嶋子(猿田彦大神)は徐福と関係していましたから、陰陽思想、そして五芒星である五行説という観点からは、こうした思想が徐福由来という気がますますしてきます。

浦嶋子の嶋は山(Ψ=エネルギーライン)に鳥です。陰陽(蛇)と三本のエネルギーラインと鳥というと、ヘルメスの杖ですかね。ここは前回の話に繋がりますね。浦嶋子=猿田彦大神=ヘルメス(トート神)ですから…。

ヘルメスはエジプトのトート神が元祖です。犬や猿、鴇(とき)の頭で示される神です。鴇は前回出た岐阜県土岐市の土岐(とき)にも通じますね。岐阜には白鳥神社がある白鳥町(現・郡上市)もあります。同じく愛知県津具村(現・設楽町)の白鳥神社は、今回の自分の旅の始発点とも言えます。

で、白鳥はよくよく見たら、首から上が白蛇なのですよ~。同じく猿田彦大神の象徴と自分が考える白鷺も首から上は白蛇です。




白蛇はクンダリーニエネルギーの象徴でしたよね。鴇は白蛇とまでは言えませんが、言えなくもありません(どっちだよ?)。伏見稲荷大社の創建の逸話に秦伊呂具が餅を的に矢を射ったところ、餅が白鳥となって山(稲荷山=三ヶ峰)に飛んで行き、そこに稲がなった(稲生り=いなり)という話は何度か記しました。餅は稲から作ります。

その餅とは白蛇がとぐろを巻く姿であり、それはクンダリーニのメタファーでしたね。また、とぐろを巻く白蛇=クンダリーニは宝珠でもあります。矢と的は男性器(陽)と女性器(陰)であり、的に矢が刺さることは陰陽和合を意味します。的の中心を射ることを正鵠を射ると言い、昔は的の中心は白でした。

正鵠(せいこく)の鵠は「くぐい」と読み、それは白鳥を意味します。なので、的である餅が白鳥(正鵠)となって山の頂きに飛んで行ったのです。山の頂きとは人体では頭頂であり、サハスラーラチャクラを意味します。

で、先程見たように白鳥の首から上は白蛇でしたよね。クンダリーニがスシュムナー管を上昇する場面を白蛇に羽が生えて飛んで行ったと白鳥を象徴として使って表現したわけです。メキシコのケツァルコアトル(ククルカン)もクンダリーニの暗喩ですが、羽毛の生えた蛇と言われます。そこにはエジプト同様にピラミッドがあります。

矢で的を射るとは陰陽和合により、クンダリーニが頭頂に向けて上昇したことの例えなのです。山が人体であり、伏見稲荷の赤い千本鳥居が背骨のスシュムナー管です。クンダリーニである白蛇はその鳥居を上昇して行きます。千本ならば、クンダリーニ昇華です。九九九に対する千ですね。千は最後の一厘を突破したことを意味します。

稲についても、これ迄何度も記しましたが、サハスラーラチャクラを千の花弁を持つ蓮に例えるのに対して、稲はその蓮の日本版なのです。先程も記したように餅(クンダリーニ)は稲から作られますからね…。

鵠(くぐい=白鳥)は、蛇を「い」とも読みますから、「九九蛇」と変換できますね。九九は陽気のマックスを意味します。奥三河において、白鳥山の白鳥神社とお珠様という宝珠(クンダリーニ)が神宝である白山の山頂に建つ白山神社の二社を自分は繋いだのですが、本家の白山は秦伊呂具と同じく秦氏である秦泰澄の開山です。

その白山の神は菊理媛(くくりひめ)です。菊理媛は「九九鱗秘め(くくりひめ)」であり、九九鱗とは八十一枚の鱗を持つと言われる竜のことです。菊理媛(瀬織津媛)は九頭竜でもありましたよね。

「くぐい」と「くくり」、ついでに言えば「ククルカン」の「くく」は同じクンダリーニエネルギーの擬人化だと推理します。九九・八十一の八十一を繋ぐと「本」という字になります。「本」はクンダリーニ(元気)が人の本(元)であり、日本の国体の本であることを表しているようにも見えます。大本ということですね。

稲荷神とは白蛇に象徴されるクンダリーニなのです。稲荷神がかつて蛇であったことは、「狼=山犬=狐=蛇=亀」という記事で以前記しましたが、稲荷神の眷属の白狐も蛇も、そして白鳥もトート神(ヘルメス)の犬頭、猿頭、鴇頭に対応します。トート神の杖には蛇が絡みますし、伏見稲荷大社には佐田彦大神として、猿である猿田彦大神が祀られます。

ここで、気付くのは桃太郎です。その家来は猿、犬、雉ですからね。桃太郎の桃はもちろん宝珠であるクンダリーニです。蟠桃ですね。他の解釈もありますが、猿犬雉は全てクンダリーニである桃に集約され、トート神たる猿田彦大神を暗喩します。雉は矢で男性や蛇を表し、雉の羽の七色は七チャクラの色彩でもあります。また、キビ(黍)ダンゴの黍は吉備でもあり、以前記しましたが、気比大神(瀬織津媛)の気比(けひ)は「きび」であって、気の七七(七夕=陰陽和合)です。鬼はクンダリーニの荒ぶる部分であり、鬼=温羅=うら=陰陽エネルギーと解釈できます。

で、猿田彦大神にはオシリスもトート神(ヘルメス)も習合されていると自分は推察しています。トート神=アヌビス神なので、伏見稲荷大社の白狐はアヌビスと言えます。トート神(アヌビス=ヘルメス)はシリウス星の神ですが、猿田彦大神は太陽神でもあるので、ラーでもあります。オシリスは瀬織津(セオリツ)=セイリオス=シリウス=イシスとのペアとなります。そのシリウスは連星です。

トート神(ヘルメス)は犬頭でも表現されますが、それは犬が道案内をするからだと思います。なぞらえたそれぞれの動物にクンダリーニの特徴を見てとったのだと考えます。かつてエジプトに棲息していた犬顔をしたヒヒは日の出を仰ぐという習性があったようですし…。


ヘルメスとアヌビスの習合神であるヘルマヌビスは亀に乗るスガタでも表されることがあるそうですから、猿・蛇・亀・犬・鳥は猿田彦大神や瀬織津媛とダブります。てか、実際にはエジプトの影響を受けていると考えます。

猿田彦大神はあの世とこの世の境(境界線)である黄泉津平坂でイザナギが投げつけた杖から生じた神である岐神(くなどのかみ・ふなどのかみ)・衝立船戸神でもあります。杖はもちろんヘルメスの杖と同等であり、それは背骨のスシュムナー管です。クンダリーニにより次元を超えてあの世に至るのです。この杖が道祖神であり、仏教ではお地蔵様なのです。地蔵さんは赤いよどかけを召されますが、アヌビスも首に赤い首掛けをまといます。見方によっては、その耳が角のようにも見えます。

で、ヘルメスの杖はクンダリーニを表していましたよね。同時に杖はピラミッドというのが自論です。蛇の絡まる杖で表されるクンダリーニがシュメールの螺旋状のジグラットになり、ジグラットがピラミッドになったということは何度か記しました。日本の場合はそのピラミッドが自然の山というのが自分の考えです。山頂の磐座がピラミッドのベンベン石に当たります。エネルギーは下からだけではなく、宇宙からも降注ぎます。人と山、特に火山の構造は同じなのですよ。

エジプトやマヤ、インカのピラミッドとUFOはリンクしています。ピラミッド型のUFOも世界各地で目撃例がありますが、それは、彼等のインフォメーションでもあると考えます。ピラミッドと地球外生命体は関係あるよ!というお知らせの為に、わざとそうした形状をとるわけです!

人が頭頂からクンダリーニを昇華して、意識体が抜けて別次元にワープするのと同じく、ピラミッドは大地のクンダリーニを昇華する役目を持つと考えます。また、エネルギーは宇宙からも降下します。

コーザル体レベルで体脱して、霊界太陽に突入すれば(悟り)、人は光の柱、つまり神となります。神を一柱、二柱と数えるように光の柱が形成されます。そして、ピラミッドにも光の柱が立ちます。そうした写真も撮られています。ピラミッド型のシップがあるように、ピラミッドはシップとも関係しているのです。つまり、そこにはETが関与することを意味しているのです。

ヘルメスの杖の先端は第三の目である人の松果体を象徴します。松かさですね。日本の象徴でもある松は白鳥と同じく白蛇のような長い首を持つ丹頂鶴や亀、太陽(霊界太陽=ニルバーナ)とセットで目出度さの象徴です。目出度いの目とは第三の目で、それが開いたことを意味するのかも知れませんよ。

松は日本の宇宙樹、扶桑樹であるということは、以前記しましたが、松の木肌は竜(大蛇)の鱗であり、そのカタチはくねったスガタを良しとします。そして、松かさが松果体ですね。

白山や伏見稲荷は秦氏が関係していましたが、大山咋神(猿田彦大神)を祀る同じく秦氏の松尾大社の松もクンダリーニを表すことが分かりますよね。尾は白蛇の尾であり、ヤマタノオロチの尾であり、ヘルメスの杖の棒状の部分です。

秦氏は中国、インド、ペルシャやエジプト、メソポタミアと渡り歩いて来たのでしょうか?

日本古代と外国との関係は以前記した縄文遺跡である福井の鳥浜貝塚(6500~5000年前)で、西アフリカのニジェール川流域原産の瓢箪(ひょうたん)の種が見付かっています。瓢箪は5500年前の地層から、栽培していたと考えられる環境で見付かっているのです。エジプトの更に向こうに位置する地域の種が既に五千年以上前に福井で栽培されていたのです。植物を栽培する知力があれば、思想面が世界各地から伝わっていても、何等不思議はないと考えます。てか、その人達自体がこの国土に渡来していたとも考えられるのです。

瓢箪の他にエゴマやゴボウ、緑豆、大麻、シソも栽培されていました。余談ですが、瓢箪は水筒として使われたのですが、瓢箪に入れた水は外気温に順応して上昇することなく、逆に温度が下がるのだそうです。それは、汗の作用と同じく、瓢箪内部での気化熱によるものだそうですが、瓢箪って、すぐれものなのですよ。

さて、話を少し戻します。奥三河の白鳥山に何故、白鳥神社があるかと言ったら、やはりこの山が水晶山だからだと思います。白鳥山は山全体が独立した石英質の山で、いたるところに水晶が晶出しています。修験の山は石英(二酸化ケイ素)を含む花崗岩の山が多いですし、磐座も花崗岩が多いです。ピラミッドにも花崗岩が使われています。花崗岩は御影石(みかげいし)とも呼ばれますが、天御陰命(あめのみかげのみこと)は猿田彦大神と同神でした。

石英の結晶である水晶にはエネルギーを増幅させるアンプ効果や振動子としての働きがありますし、外部から圧力を加えると高い電圧が生じる圧電効果もあります。石英にも圧電効果はあります。電子ライターの着火の火花はその応用ですね。

なので、地殻変動よる応力では強い電圧がかかり、発光現象も見られると想像します。また、人間のDNAにも圧電効果は認められるそうなので、花崗岩や石英質の山では、修行者のDNAに対しエネルギー的に同調する何らかの作用があるのかも知れません。松果体も水晶と同じく二酸化ケイ素から形成されます。

その水晶は六方晶形です。つまり、切断面は亀甲形であって、亀(瀬織津媛)なのです。水晶(亀)パワーは瀬織津媛のエネルギーとも言えます。この水晶(亀=瀬織津媛)と白鳥神社の猿田彦大神とで陰陽和合していると見ることもできます。エネルギーは曼荼羅のように幾何学的形態から発生するからです。神とは人身ではなく、エネルギーなのです。

水晶の柱面と錘面の角度はピラミッドの底面と錘面の角度に等しいことから、ピラミッドは水晶パワーを応用していると考えられています。白鳥神社にもそうした秘密があるのではないでしょうか。ここの水晶のヘッドが六面ではなく、三面に成長することから、三相一体の意味合いも自分は感じるのです。

亀=六方晶形の鉱物である水晶やトパーズ、トルマリン(電気石)からはエネルギーを感じます。六角形である亀は六芒星✡ですね。石は「しゃく」とも読み、シャクティに通じるのですよ。また、水晶などは棒状、長物で、先端が尖っています。こうした形状は避雷針のようにエネルギーを集積します。気が手の指先から放射されるのも同じ原理です。

今回の旅ではトルマリンの粉末も持って行くように直感しました。あることにその粉末をばら撒いて使用したのですが、これも洒落で解釈すると、トルマリン=取る海(マリン)であり、海は膿(うみ)であって、トルマリンの粉末を撒くことが心身の膿を取る、即ち浄化という意味であったと後日、理解しました。トルマリンはマイナスイオンを発生させますから、浄化力があるのです。洒落ではありますが、理にはかなっているのです。

さて、オシリスとイシスとか、ミトラとヴァルナとか、シヴァとカーリーとか、伏羲と女カとか、西王母と東王父とかのペアに猿田彦大神と瀬織津媛を当て嵌めてきましたが、結局は陰陽とその和合(両性具有・中道)ということなのです。神を実在の人物と見たり、手足を持たせて人格化するのではなく、エネルギー(力)として解釈し、シンボルを読み解いていけば、そこにはクンダリーニや三相一体というシステムが見えてきます。陰陽とその和合が宇宙を創っているのです。

いつもながら、話が飛びました!

(続く)