もう死なないで欲しい。

何があっても、衝動的に自死だなんて。

せめて明日を生きて欲しい。

何かに流されて岸辺を失う時がある。

手を伸ばす人も見えない。

君のその失う日々は、誰かが命がけで欲しても手にできなかったものなのに。

生きていても、確かに何もなくて退屈に思うかもしれない。

これからも平凡な日々が続くだろう。

でも、平凡こそ非凡だと知ることが大事。

一枚の写真がある。

青年が写ってる。

何を見つめてるのだろう。

涼しげな目をしてどこかを凝視している。

あれから三十三年、一瞬である。

そしてこれからも瞬く間に過ぎゆくはず。

一体、何をして何を残すのか。

それが後悔にならぬよう、もう一度何かをひたすらに見つめてみたい。

そしてふと思う。

この山もこの湖も、あの川、その大樹も昔からずっとそこにあった。

ただ気づかなかっただけ。

心開き、見ようともしなかった。

傍の木陰の何気ない雑草が微かな、でも確かな光に照らされている。

やさしいそよ風に触れ、そよいでいる。

あの青春の輝きに魅せられた一瞬。

時は、道は、永遠に続くかのように感じられた。

愛おしくも切ない、いつも、いつも、刹那のこの時。

もう二度と会えない風景に立ち止まり、涙を映す。

駆け抜けた春、打ちのめされた夏、通り過ぎる秋、そして白秋へと。

思い出の中、遠く、君の優しい笑顔。

もう二度と会えないのに。

心の半分を置いてけぼり。

置き去りにした心は戻らない、戻れない。

先日登った鈴鹿・御在所岳

人は生きてく寂しさ、虚しさを忘れようとするかのように仕事や趣味、あるいは恋や友情に夢中になろうとする。

私もそう。

商売。

それでも、笑顔に出会えるようにと願う。

誰かを元気にしたい、幸せな気分にしたいと祈る。

そりゃ時々、人生の重さに崩れ落ちそうにもなる。

仕事に対する姿勢に自ら疑問符をつける。

真剣さに欠けていると自戒する。

かと言って、仕事オンリーではいけない。

人生に他の楽しみがあるから。

例えば山、例えば読書、そして家族。

そうだった。

仕事とそれらがつながっていることを忘れていた。

人生は総合芸術だから。

誰もが自分の人生の絵師。

そして心が絵筆となる。

どんな心で、何を描くのか。

自由なんだ。

何を描こうが。

生活に深く根を下ろす。

目の前の小さなことを大切にする。

この人を抱きしめて包み込む。

なにげない日々。

住む家があり、家族があること。

働く場所があること。

毎日生きる。

それだけでいい。

できたら、生き生きと味わいながら。

それこそが人生そのもの。

思っているよりもずっと、ずっと短い人生。

これから先を誤魔化さずに真っ直ぐに見つめれば、寂しくて、悲しくて、怖い。

人生が今世だけで終わるのかも知れないから。

永遠の命を誰も保証などできない。

それでも生きていくしかない。

どうすればこの人生に満足できるのか。

感じる。

行動する。

創造する。

生きる。

同じく鎌ヶ岳