相手を見る目と宇宙意思

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人は悲しい。

自己と他者を区別し差別もする。

自分は正しくて相手は間違っていると思い込み易い。

しかも得てして他者ばかりか己さえ悪いところばかりが目につく。

だから人間関係は時に煩わしく、両者をぎこちなく狂わし、世界を狭め、気分を害し、より生きにくくさせる。

それはどうしてだろう?

そして、そのことについてどう捉えれば良いのか。

このところずっと考えていた。

眠っている間に勝手に脳は思考を整理すると言うが、今朝はその答えらしきものが出て来た。

人対人だけではなく、国対国、人対自然、生物対物質、肉体対精神、さらには善と悪、美と醜、白と黒などなどの事柄についても当て嵌まる道理かもしれない。

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その答え……。

相手は、対象はすべての自己の表れなのだ、ということ。

抽象論ではなく、本質的にきっとそうなのだ。

だから何かを訴えているとも取れる。

気づきを与えられている。

神や仏、すなわち己でもある宇宙意思は一体何をこの人生に求めているのだろうか。

スピリチュアルではなく、まさに科学である最新の物理学量子論的にもそう真理は導かれて行く。

「相手を愛するように自分を愛せ」

それは理想ではなく、真実そのもの。

人間関係に潤滑油を差すには、大嫌いだと思っている上司や隣人、時に親兄弟など、毎日毎日顔を合わせるのも辛く嫌で嫌でたまらない関係を断ち切るには、無視したり、逃げたり、心の中で毒気を吐くのではなく、または軽蔑し上から目線で見下すのではなく、相手に自分を見ることが大切。

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写真は荒神山にて


嫌なところはきっと己を映す鏡。

今の小さく縮められ歪められたその世界、同じように染められた心から浮上し、闊達と鳥瞰、俯瞰する。

そんな心境を手に入れれば、あら不思議。

研ぎ澄まされた心の見る清純な世界は、喜びと美しさに輝き始める。

まず相手が変わる。

気づいてくれてありがとうと言うように、乾いた人間関係がいきなり潤いはじめ、あばたもえくぼ、愛せるようになり、実際に相手が変わる。

これがここ数日に体験した大きな出来事だった。

自分にとっても大きな成長と言えるだろう。

また一つ、大人になれた気がする。



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