2番プラットフォーム | 旅烏 夜を追いかけて 朝を背に
2011-12-19 20:37:48

2番プラットフォーム

テーマ:旅日記
 かつてフランス領であったというポンディチェリーの街はインドには珍しく、綺麗に舗装された道路に街路樹が植えられ、色鮮やかな家々が整然とならび、海辺にはベンガル湾を臨む長いプロムナードが敷かれているという、ちょっとした地中海的な雰囲気さえ漂っていた。五感にうるさいインド特有の喧噪もなく、アジア疲れでやや足取りの重かった僕には、ここは心身を休める最適な場所だった。
 しかしこの時期、世は「クリスマス」というイベントを間近に控えているらしく、ここポンディチェリーもその例外ではなかった。今まで高くても一泊300RP(約450円)を超えることのなかった宿代も、一番安いところで一泊600RP(約900円)。もちろん安い部屋もあったのだが、宿の予約というものをしない行き当たりばったりの僕は、ツーリストの多いこのハイ・シーズンの皺寄せを食らい、600RPの部屋にチェック・インをせざるを得ない結果となった。どうもあまり長居はできそうにない。
 ベンガル湾の潮風を浴びようと海辺のプロムナードに向かうも、そこはカップルや家族連れで賑わい、現地のインド人どころか、遥々遠くから足を運んできた西洋人たちまで多く見受けられる。彼らが岩場に腰かけて語らっているのを、僕はちらり横目で見遣る。街を歩けば、聖母マリアやサンタクロースの置き物をシートに乗せて売る露天商。スーパーマーケットに向かえば、プラスチック製のモミの木を抱える母親の足元で楽しげに笑う子どもの姿。商品棚には赤と緑で綺麗に包装されたチョコレートやキャンディーのボックスが所狭しと並べられている。スーパーマーケットで買った食パンをかじって食事代を節約しようと部屋に戻るも、隣の建物からは、ヒンドゥー語かタミル語かどちらかの言語で歌われたジングル・ベルの唄が聴こえてきた。――フランスの残り香のせいもあるだろうが、ここは飽くまでインド。どうやら、クリスマスというイベントは今や宗教を越えて愛されているらしい。
 南インドはいまだ蒸し暑く、水シャワーが心地よい。半袖のTシャツを着た僕たちを覆うように広がる夜空には、綺麗なオリオン座が浮かんでいる。もう12月なのだ。今年も、残り十日と、ちょっと。涼しい風を浴びて見上げるオリオン座がひどく奇妙で、新鮮に思えた。
 
 宿代の高さと、いやに華やかな街の雰囲気に居た堪れなくなった僕は、二日だけ滞在してポンディチェリーを去ることにした。うんざりするほど重いバックパックを背負ってポンディチェリーのニュー・バスパークまで三十分ほど歩く。そこからローカルバスに乗ってヴィルプラムという街までおよそ一時間。さらにそこからオートリクシャで二十分ほど走ってヴィルプラム・ジャンクション駅に到着。その駅は今までのインドの鉄道駅と違って、人が少なく閑散としていた。
 たまたま出会った十歳ぐらいのインド人の少年に「どこに行きたいの?」と訊ねられ、僕はマドゥライだと答える。すると彼は親切にも、僕が待つべきプラットフォームの番号を教えてくれた。その2番プラットフォームにも人はまばら。僕の他には五人ぐらいのインド人しかいなかった。念のため僕は、ベンチに腰かけていたインド人の男性に「マドゥライ・エクスプレスが来るプラットフォームはここ?」と訊いてみた。彼は無表情で、ああ、そうだよ、と答える。僕は安心して空いたベンチに荷物を置く。レールのそばで巻き煙草を一本だけ吸い、ベンチに戻ってぐったりと横になる。僕が乗るべき列車は八時五分の到着予定。このとき七時四十分ごろ。まだしばらく時間はある。
 この駅には「チャーイ、チャーイ」と歌いながらやって来るチャイ屋もいなければ、布を敷いて地面に寝ている老人もいない。無言で手を差し出す物乞いもいなければ、我が物顔で闊歩する野良牛の姿も見られない。しかしいつものように野良犬は二三匹、餌を求めてレールのあたりをうろついている。僕は特に何を考えるでもなく、ボーっとプラットフォームの天幕を眺めていた。すると一人の若いインド人男性がそばを通りかかり、僕の方をちらりと見て、「……lonely」と呟いた。僕はハッと身体を起こし、その男性を見る。彼は白い歯をキラリと覗かせ、イタズラに微笑んでいた。僕も彼に微笑みかけ「……Yes , lonely」と言葉を返した。そして、どこか切ない年の暮れに少しだけ「lonely」を感じ始めていた僕も、その瞬間、少しのあいだだけ「lonely」ではなくなった。

$旅烏 夜を追いかけて 朝を背に

 ちなみに僕が乗るべき列車は、少年が言っていた2番プラットフォームとは別のプラットフォームに滑り込んできた。それに気付いた僕は急いでバックパックを背負い、線路を横断して、ちょうど動き始めたその列車に飛び乗る。間一髪。……なんでそういうことが起きるかね。

終わり。



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