明滅する火 | 旅烏 夜を追いかけて 朝を背に
2011-12-15 23:55:56

明滅する火

テーマ:旅日記
 2011年11月9日。この日、僕はバラナシに住む一人のインド人の青年と知り合った。スンニくん。記憶は曖昧だが、年齢は僕と同じ22歳だったような気がする。パーマを当てた黒髪を後ろで結い、あごには髭を生やしている。これは誠に偏見なのだが、インド人の男性で僕と同じ年齢という者に出会っても、その彫りの深い顔立ちと浅黒く焼けた皮膚から、僕の眼には幾分か年上に映ってしまう。大人の渋さ、というものが感じられるのだ。このスンニくんも同様。最初の印象は25、6歳にも思えた。
 
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 正午を周ろうとするころ、ひょんなことで、僕は彼と一緒に昼食を摂ることになった。ちなみに日本人は僕一人ではなく、知り合いの女性も一緒だ。昼食というぐらいだから、どこかの店に入ってテーブルを囲むのだろう。洒落たレストランは期待できなくとも(僕自身もお金がかかるからそれは避けたかった)、こじんまりとしたローカル食堂で50RPぐらいのターリー(金属製の大皿にチャパティやカレーやダルという豆のスープなどが盛り合わせられたインドでは定番の菜食)でも食べられればいいか、と思っていた僕が連れられたのは、マニカルニカー・ガートという火葬場のそばにある狭い牛小屋の中だった。そこにはスンニくんの友人が二人、古びた木の椅子に座って僕たちを待っていた。何やら怪しげな気配がしないわけでもない。僕は幾分か警戒心を高める。それよりも食事に関してだが、まさかここで……?と思う僕の邪推は的中。その「まさか」のここで昼食を摂るらしい。牛小屋には当然牛がいる。そのときは五頭ほどの巨大な牛が黙々と枯れ草を食んでいた。中には突然勢いよく排泄しだす牛もいる。そのたびに僕はビクッとなる。どんよりとした空気の中に、尿や糞の匂いが混じる。地面は湿った土。当然人工的な明かりはなく、陰気で薄暗い。幸い四方を壁に囲まれた造りにはなっておらず、一部は外の光を取り入れられるように大きく開放されていた。しかし、そこから見える外の景色はガンガーと火葬場。遺体を焼却している光景こそ見えないものの、濛々と立ち昇る白煙は嫌でも視界に入る。雰囲気に関しては、最高だとは決して言えそうにない。
 とりあえず昼食を終えたら、早くここを出よう。そう浮き足立っていたにもかかわらず、スンニくんたちはなかなか食事の準備を見せない。そもそもここでどういう食事を摂ろうというのか。楽しげにマリファナを吹かしだす彼らと適当に談笑しながら待つこと三十分ほど後、大きな陶器に入ったラッシーが三杯、別のインド人によって僕たちの元へと運ばれてきた。スンニくんは「さあどうぞ」というように、僕たちにそのラッシーを勧めてくる。僕は突然のことに反応に窮する。失礼なのは重々承知していたのだが、思わず「……ランチって、これ?」と訊ねてしまった。彼は「うん、そうだよ」と言ってグビグビとラッシーを飲みだす。そうか。彼がそういうのなら、そうなのだろう。お金を出そうとすると、彼はそれを制止する。「もう僕が払ってあるから、きみが払う必要はない」。そのラッシーはスンニくんの奢りだったのだ。食堂に連れて行って一食分を奢るわけではない彼のその健気な優しさに、急にじんわりと肩の力が抜ける。僕も美味しくラッシーを頂いた。普通のラッシーとは違い、バナナの果肉が入ったフルーツ・ラッシー。よく冷えていて、陶器のざらつきが唇に触れるのもまた心地が良い。しっかりと昼食を終えた僕たちは、再び談笑する。とは言っても、僕は彼らの英語をあまり聴き取れず、適当にフンフンと相槌を打っているだけだった。
 
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 すると突然、一匹の野良犬が牛小屋に入ってきた。視線を宙に泳がせながらウロウロと歩き回ったかと思うと、牛小屋の隅にうずくまって、そしてまた歩き出すなど、どこか落ち着きがない。その野良犬は、牛小屋の隅に置かれたボロボロの机の下に潜り込んでいった。何をしているのだろうと僕も興味本位でその姿を追ってみる。机の下には大きな金ダライが置いてあり、野良犬はその裏側に隠れる。こちらからはその姿が見えなくなった。僕はスンニくんに「あの犬は何をしているの?」と訊ねてみた。
「赤ちゃんが生まれたんだよ」彼は静かにそう言うと、立ち上がって机に近づき、金ダライをそっと引き出して、その中を僕たちに見せてくれた。そこには本当に、生まれたばかりの子犬が少量の水に浸かって必死に喘いでいる姿があった。つまりは先ほど牛小屋に迷い込んできた野良犬は、この子犬の母親だったのだ。子どもの傍に居てあげようと、今は金ダライの裏に居座っているのかもしれない。「へぇ、生まれたんだねェ……」などと思いながら、僕は茫然とその子犬の姿を見つめてしまう。まだ眼も開いておらず、毛もまばらなその身体は胎盤の粘液で濡れていた。本当に生まれたばかりの姿だ。四本の足を必死に動かしてどこかへ進もうとする子犬を、母親は甘噛みで咥え、自分の懐へと引き寄せる。スンニくんは金ダライをどかして、僕たちにもその光景が見えるようにしてくれた。子犬の身体の表面に貼りついた自分の胞衣(えな)を、母親は器用に口で剥がし取っていく。日本では愛玩動物として親しまれている彼らも、本当は純粋な獣にすぎない。そして、我が子を慈しむ母親のその姿は、僕たち人間と重なりあって、どこか感極まるものがあった。子犬に貼りついた胞衣を一心不乱に剥がし取りながらも、僕たち人間の眼差しが気になるようで、母親はちらちらとこちらを見ながら口を動かす。恥ずかしがっているような、不愉快さを感じているような――犬にも、表情はあるのだ。僕は何とも言えない気持ちで、母親の眼をじっと見つめる。そしてふと、横を見遣る。するとスンニくんをはじめとする、彼の友人たちもその光景を黙って見つめていた。眉一つ動かすことなく、口をキッと閉じたまま、真剣な表情で――。
 インド人の眼は真剣だ。僕は最近そう思う。はじめこそ、その鋭く光る目つきには息の詰まるような威圧だけしか感じられなかったが、今でこそ違う見方をするようになってきた。彼らは何かをじっと見つめるときにせよ、ガンガーに昇る朝陽に祈るときにせよ、右手で食事を摂るときにせよ、サイクルリクシャのペダルを漕ぐときにせよ、ただ平然と道を歩くときにせよ――その眼はいつも真剣なのだ。それはアーリア特有の鋭い眼光、つまり見た目から僕が勝手に「真剣な顔してるなァ」と判断しているというのもあるだろうが、時として、その眼でじっと見られると、心の奥底まで見透かされているような、言い方を変えるならば、こちらを全力で受け入れようとしてくれているような――真っ直ぐ芯の通った実直さが感じられることがあるのだ。彼らの眼から感性に通じる一本のパイプは、きっと少しも歪んでいないのだろう。何をどう思うにせよ、眼に映ったものは一度感性に直送し、あるがままを受け入れる。そこで彼らの明晰な思考を以てゆっくりと判断を下す。決して上滑りの感受ではない。僕は何もインド人のことを知らないが、そう考えると、彼らには人としてとても敵わないなと思うことさえある。(もちろん、そう思うことがすべてではなく、「なんだこのチャランポランは? 普段何考えて生きてんだ? 頭ん中ワタガシでも詰まってんのか?」と思う場合も決して少なくない)。
 このときはまさに、彼らの中に「真剣」を見た。スンニくんたちは、ただ真っ直ぐに母親の姿を見つめていた。彼らはいったい何を思っているのだろう。この光景の奥に何を見ているのだろう。――僕には到底わかりそうにない。しばらくした後、スンニくんは「そっとしておこう」と言って、再び金ダライで母親の姿を隠した。僕はもう少し見ていたかったが、この場合はスンニくんの判断が正しい。今は母親と子犬にとって非常にデリケートな時期だから、無闇にストレスを溜めこませない方がいい。
 僕たち三人はその後、牛小屋を出て、すぐそばにある火葬場へと向かった。言葉が正しいかはわからないが、ここバラナシでは、いくつかのガートで24時間絶えず執り行われている火葬風景も一種の観光地となっている。遺族や奉仕者に混じった外国人ツーリストたちが、その火葬を黙って見守る。マニカルニカー・ガートの火葬場は棚田状になっており、それぞれカーストの階級によって焼かれる場所が決まっている。布をまとった遺体が木製の担架によって運ばれてきて、ガンガーの水に全身を一度浸される。高く積み重ねられた薪に火がくべられ、その上に遺体が布をまとったまま乗せられる。僕たちが火葬場に到着したとき、ちょうど一体の遺体が薪に乗せられているところだった。遺体の背中を炙る火はすぐに布に燃え移る。布はたちまち火を大きくして、炎となって全身を包む。その瞬間、僕は遺体の表情がちらっと見えた気がした。おそらく気のせいなのだろうが、布が顔面にぴったりと貼りつき、その表情がくっきりとわかるようで――そしてその表情は口を大きく開けて苦痛に歪むように見えたのだ。そして時間が経つにつれて次第に表情が変わり、最後は仏のような安らかな表情になった気がした。おそらく錯覚に違いないだろうが――。

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 次々と担架によって遺体が運ばれてくる。最もガンガーに近い最下層の火葬場では、役人(?)が長い棒で真っ黒に焼けた遺体を突いており、その遺体はボロボロと崩れていた。方法と場所こそ違えど、遅かれ早かれいずれ僕も火葬されるときがくるのだろう。そう理屈ではわかっていても、目の前で繰り広げられている光景はどこか非現実的で、僕は心拍数を上げることもなく、冷や汗をかくこともなく、鳥肌を立たせることも気分を悪くすることもなく、ただ冷静な眼差しで見つめていた。そして、その無情の自分自身にも現実味が感じられなかった。インドのヒンディーたちは死ぬ瞬間も――いや、死んだ後でさえも、何物にも規制されることなく、屋根も壁も何もない大空の下、異教徒のツーリストたちや野良犬や野良牛やハゲタカに見つめられながら、肉体を滅ぼされていく。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」――。彼らはもしかすると、最も大切な自由を知っているのかもしれない。
 
 その夜、僕はガートからベンガリー・トラの路地に上がる階段の途中で、一匹の子犬が死んでいるのを見た。十分に毛も生えて、体躯も成長していたから、昼に牛小屋で見たあの子犬とは違うことはすぐにわかる。その子犬は眼を閉じ、身体を地面に横たえて、四本の足をぐったりとさせていた。呼吸が止まっているその証拠に腹部の動きがなく、本当にぴくりとも動かない。まるで引力に吸い寄せられているかのように、全身を地面に貼りつかせている。体は痩せこけ、ところどころ骨が浮き出ている――餓死だろうか。
 僕は、この犬を知っているかもしれない。野良犬なんてバラナシには沢山いるのだから、思い違いということも十分にありうるのだが、なんとなく直感で、この犬に既視感を覚えた。僕が泊まっていたクミコ・ゲストハウスのすぐ横には、ガートに下る階段がある。そこにはいつも一匹の子犬がいた。階段の隅に設けられたゴミ置き場で、いつも餌を探していた。夜になると、いつもそのゴミ置き場で眠っていた。そして今回僕が犬の死体を見たのも、クミコ・ゲストハウスに通じるその階段の途中だった。――だからどうだというわけではない。同じ犬だという確信がない。そもそも同じ犬だという確信があったところで、特殊な愛着を抱いていたわけではない僕が感傷的になって特別に弔う必要などない。僕は犬が倒れているその段に、しばらく立ちすくんでいたが、すぐに体を向き直して宿の方へと帰って行った。生まれるものもいれば、当然死ぬものもいる――。ただ、同じ日に、同じ街で、同じ生き物が生まれ、死んでいく光景を見ただけ――何の啓示もない、ただの偶然の出来事だと、そう思うようにした。
 僕はそれから数時間後、息を引き取ったその子犬のことはすっかりと忘れてしまった状態で、再びその階段を通った。遠目で子犬が倒れている姿が見え、「ああ、そういえば……」と記憶を瞬時に甦らせる。まだ死んでいる。この場合、誰がどう処置を施すのだろう。そう思いながら徐々に近づいていき、ただ倒れているだけの子犬に変化があることに気付く。子犬の横に、小さく花と蝋燭が添えられていたのだ。その花と蝋燭は、ヒンディーたちが祈りの儀式でガンガーに流すものと同じ。それが、誰の手によってか、死んだ子犬の横に添えられてあったのだ。蝋燭の炎は夜の闇の中、今にも消えそうに揺れている。子犬は相変わらず、死んだ者の目をしている。僕は再びそこにしばらくのあいだ立ちすくむ。インドの――インド人の美しさを垣間見た気がした。ここでは来るものを拒まない。そして去るものは追わず、静かに見送るという美徳があるらしい。そして、僕も静かに、ちょっとだけ手を合わせてみた。

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終わり。

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