オレオをコーヒーに浸す余裕が欲しい | 旅烏 夜を追いかけて 朝を背に
2011-10-05 21:59:11

オレオをコーヒーに浸す余裕が欲しい

テーマ:旅日記
日本は福岡から、
(中国)上海→南京→武漢→成都→九寨溝→黄龍→松藩→成都→西安→西寧→(チベット自治区)ラサ→トレッキング→ラサ→ダム→(ネパール)カトマンズ……≪10月5日付≫

これはチベットで挑戦したトレッキング中の日記(一部改訂)。

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9月25日  ガンデン寺-トレッキング初日

昨晩はチベタンの老人のせいでろくに眠れなかった。大きな声で独り言。加えて何か物を叩く音。市街地から離れた集落。部屋は裸電球が一つだけ灯る薄暗さ。うるささに恐怖が勝る。七時に起床し、オートミールの朝食で朝を迎える。九時にトレッキングに出発。きつい以外の感想はない。文字通り、山あり谷ありの道を進んでいく。高度は4000~5000m超。日本に居る誰よりも高い位置を、20kg近いであろうバックパックを背負って歩き続ける。上り坂はもちろん辛く、下り坂も相当辛い。フラットな道だけが、ほんの少し楽に感じられる。僕、アリナ、ウリア、そしてチベタンのガイドであるケリサンの四人で出発したはずなのだが、気が付けば、皆バラバラになってしまっている。明らかなほど体力に差があるのだ。順番は随時入れ替わったが、基本的にはケリサン、ウリア、僕、アリナの順。時々、僕とアリナが入れ替わる。ケリサンは高地で生まれ育ったこともあって、足腰が強い。それに加え、他の三人と比べて荷物が少ないのだ。続いてウリア。さすがはイスラエルのアーミー出身。さらに煙草も吸わない健康体。そして僕とアリナ。アリナも疲れを見せていたが、露骨に表情を険しくしていたのは僕だけだったと思う。四人の差は各々100mずつぐらいあっただろう。視界が拓けている高原でなかったら、みんな遭難していたかもしれない。昼食を12時に摂り(サンドイッチ)、その後、4時頃まで、およそ6時間ほど歩いた。もう疲れは限界。テントを組み立て、僕は仮眠を取る。すさまじい夕立が降っていた。夢現な意識で雨音を聞き、「明日も降り続ければ、一日休憩ということにならないかな……」と、練習を休みたがっていた高校野球部時代のようなことを考えていた。とにかく、それほどきつかったのだ。人生で一番かどうかはわからないが、少なくとも高校を卒業してから、一番とは確信できる。もうトレッキングはしたくない。二度としたくない。高校野球の練習と違って、常に監視して注意する者がいないので、好きなタイミングで休憩を入れることができるのだが、なにせ、リタイアできない恐怖がある。周囲には集落など何もない。本当に怪我をしてしまった場合はどうしたらいいのだろう。夜6時ごろ目を覚ます。アリナとウリアが夕食の準備をしている。手伝わなくても何も言われないのが、楽というか、居心地が悪いというか……。カレーのスパイスが効いたベトベトのヌードルを食べる。キャンプの雰囲気も加味されて、三杯ペロリと頂いた。片付けは進んで。冷たい清流で手を真っ赤にしながら食器を洗う。その水を飲む。今朝も水道水を生水でグビグビ飲んだ。もう、衛生面など気にしていられない。食事を終え、いつものように彼らのティータイムに付き合わせてもらう。二人のテントでトランプをする。ジャニス・ジョップリンを聴く。彼らは時間の使い方がうまい。僕も彼らを見習おう。オレオをコーヒーに浸す時間の余裕を持とう。10時頃解散して、僕だけテントを出る。うすうす期待はしていたが、空は満点の星空。僕は二人に「めちゃ星空きれい!」と言った。僕のはしゃぐ様子を見て、ウリアが「興奮しすぎだろー」と笑う。そりゃ興奮するよ。こんな景色を求めて旅に出たってのも、あるものな。トレッキングに出て良かったと、このとき初めて思えた。チベットの高原で、満点の星々の下、テントの中で一人ペンライトを照らして日記を書いている、贅沢な幸福感。

9月25日 22:34

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9月26日 トレッキング

7時に起床。朝食のオートミールは一杯だけ完食。ウリアが「もっと食べないとエネルギー足りなくなるぞ」と言うが、「朝は小食なんだ」と言っておかわりを遠慮する。欧米風の朝食は、僕の口には合わないみたいだ。トレッキングがスタート。昨日の道程が恋しくなるほど、この日の道程はハードだ。ひたすら上り。足場の悪い道をひたすら上り続ける。みるみるうちに三人との距離は離されていく。初めは、ケリサンとウリアがどんどん先を進んでいき、僕とアリナが後方でゼーゼー肩で息をしながらついて行っていた。しかし、アリナのスタミナも底知れず、僕が岩に腰かけて休んでいると、その横をしっかりとした足取りで進んでいく。三人の影はついに見えなくなる。差はどんどん広がると知っているのに、僕の腰は上がらない。もうダメだ。本当にもうダメだ。昨夜の星空は何の励みにもならず、今すぐにでもリタイアを望みたいと、そう考えた。僕の旅の目的は何か。このトレッキングを成し遂げることか。否。このまま続けても……いや、続かない。本当に体が動かない。この場所ではリタイアすることも不可能だ。遭難か。それでも構わない。本当にそう考えた。幸い、食料もテントも寝袋もある。数日しのげば誰か助けに来てくれるだろう。そんなネガティブ(ポジティブ?)な思いを抱えながらも、身体を欺き、一歩ずつ確実に歩みを進めていき、なんとか三人に追いつく。疲弊しきった僕の姿を見て、三人は笑う。僕はなぜだかそれが嬉しかった。昼二時頃、予定より遅れての昼食。色とりどりのタルチョがピラミッド状に連なるそこは、このトレッキングの最高到達地点5200mらしい。その感動はどこへやら、僕は、ただ疲れていた。みんなは「これからは下りだけだから大丈夫だよ」と言ってくれる。そうか、それなら安心だ……。昼食を終え、トレッキング再開。みんなが言っていたように、確かに下り道のみだったが、足場が悪い。僕は30mほど歩いては岩に腰かけて休み、うなだれていた。初め無愛想だと思っていたケリサンが僕を心配してくれ、「ここから下りたら楽になるから」と、一緒になってゆっくりと歩いてくれる。頭も痛くなる。間違いなく高山病だ。アリナも心配してくれている。なんだか申し訳ない。なんとか、川の傍の平地に辿り着き、テントを張る。今日はウリアのテントで三人で寝るみたいだ。どうやら、ケリサンのテントが壊れていたらしい。テントを張ると、僕は歯も磨かず、食事も摂らず、すぐ眠った。

9月27日 21:59

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9月27日 トレッキング-ラサ

七時に起床。寒い。昨夜ほどの疲れはないが、まだ体はきつい。朝食を摂る。毎度おなじみオートミール。昨日、5200mの頂上で、ウリアが「朝食をちゃんと食べてエネルギーをつけないからだよ」と言っていたのを思い出し、二杯平らげる。さらに朝の一服も控える。さすがに今は自分の体が第一だ。テントを片付け終えた後、ウリアの方を見てみると、どうも様子がおかしい。きつそうだ。まるで昨日の自分を見ているよう。それでも通常通り、九時にトレッキングはスタート。きつそうなウリアを見て、ケリサンが「俺がそのバックパックを持つから、ウリアは俺の小さいバッグを持って」との優しさを見せた。昨日の俺にその優しさはなかったのに……と、汚い心が少し浮かぶが、たしかに今日のウリアはいつもと様子が違う。15分ほど歩いただけで、彼は岩に腰かける。一緒に歩いていたアリナが、先を歩く僕の方へやってきて、「ウリアは心臓あたりを痛めてるみたい」と言うので、「高山病?」と訊くと、「ううん、そうじゃないみたい。ただこのままだと危ないから、ケリサンに頼んでレスキュー車か、もしくはタクシーを呼んでもらうことにするわ」と言ってケリサンの方へと向かっていった。ケリサンと話を済ませて戻ってきたアリナは「ここから一番近い村は歩いて三時間ほど。およそ5km先にあるらしいわ。とりあえずそこまで歩かなきゃ」と言う。どうやら事態は本当に深刻そうだ。スガシカオの≪僕らは一について 横一列でスタートを切った つまずいてるあいつのこと見て 本当はしめしめと思っていた≫という気持ちは最早ない。ウリアの持っているケリサンの小さいバッグを僕が持つことに。今は「これでやっと帰れそうだ」という気持ちが強い。もう最高到達地点に足を踏み入れてあるし、このトレッキングで思い残すことはない。途中、僕の持つバッグと、ケリサンの持つテントを交換。足場の悪い下り坂をゆっくりと下っていく。三時間歩いたところで昼食休憩。もう着いてもいいころだが。ウリアは朝食も摂らずに横になっている。アリナとケリサンはタバコを吸う。僕も短い禁煙タイムに終止符を打ち、ケリサンにタバコを一本だけもらう。昼食を終え、30分ほど歩いたところに、一つ目の村があった。昼食の際、ケリサンは「もし、一つ目の村で連絡が取れなかったら、さらにそこから三時間歩かなくては……」と言っていたが、もはや僕に(ウリアもそうだったろう)その気力はない。どうか連絡よついてくれ……。チベタンの暮らす、その小さな村で僕たち三人は待機する。ここは、僕が求めていた場所に少し近い。ただ、この時間は、多くの人が働きに出ているらしく、閑散としている。しばらくして、話をつけてきたケリサンが戻ってきた。一人あたり130元でジープをチャーターして、ラサに戻ることができると。僕は心の中でガッツポーズをした。どうやらこの方向に決まりそうだ。僕はもう帰る気でいたので体力はほぼゼロに近い。ウリアが僕に「きみはこのまま帰るって選択についてどう思う?嬉しい?悔しい?」と訊いてきたので、「半分嬉しく半分悔しい。もっと言えば、ちょっとだけ嬉しい気持ちが強いね。実際、昨日、5200mの一番高いところに到達できたから満足だな」と答えた。バター茶を飲んで、写真を撮って、音楽を聴いて、煙草を吸ってジープを待つ。ジープが来て乗り込み、ラサへ向かう。途中、マレーシア人の四人の団体を拾う。ラサに到着。宿に戻り、シャワーを浴び、洗濯をして、夕食を摂りに街に出る。イノシシ肉のギョーザを食べる。宿に戻って、各々、気ままに過ごす。アリナはiPhoneでボーイフレンドにスカイプ。ウリアは早々と就寝。自分は夜中の三時ごろまでPCをいじっていた。

9月28日 11:20

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結局僕たち四人のチームは途中でリタイアすることになったのだ。しかし僕個人としては全く後悔はしていない。本当に本当に後悔していない。あれはレジャーでなく修行だ。俗悪にまみれた僕が修行を成就させるなんて、始めから無理難題だったのかもしれない。このチベット・トレッキングから得たことは「もう二度とトレッキングなんてしない」という鋼鉄のように固い決心だけ。戻ってきたラサでさえも標高3600m超あるのにもかかわらず、その空気の濃さに喜んだ記憶がある。トレッキングの醍醐味は山頂から眺める美しい景色なのだろうが、トレッキング・ビギナーの僕にとっては、そんな感慨さえも湧いてこなかった。やばい、まじでこのままだと死ぬ……という本気の嘆きだけ。

$旅烏 夜を追いかけて 朝を背に

もう一度言おう、トレッキングはレジャーでなく修行だ。

つづく。



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