小学五年生の時だ。


学校では生徒は毎日、日記を書いて担任に提出することが義務付けらていた。


今、振り返れば、とても素晴らしい教育で感謝してもしきれない。


担任の先生たちはさぞ大変だったろう。


その一人一人の日記を毎日読んでアンダーラインを引いたり、丸で囲んだり、コメントを書いたりするのだから。


私の担任は宮下正道先生である。


私はその日記を書くことが大嫌いだったし、それを宮下先生が毎日しっかりと読んでいるということに対する自覚が殆どなかったと思う。


ある日のこと、宮下先生はホームルームの際に、誰かの日記を手に取りこう言った。


「みんなが毎日書く日記だが、今日は代表してある女子生徒の日記を読んでみたい」


その女子生徒の日記は1日の授業や出来事などを通してどう感じたか、これからどうしていきたいとかなど、詳細が書かれていて同じ五年生とは思えないほと文章表現も素晴らしいものだった。


日記には、そんなにたくさん書くスペースはないのに、どうやら彼女は線を増やして小さな字で書いていたようだ。


彼女はまだまだ書きたいことは、一杯ありそうだった。


日記を書くことが楽しくてしょうがない、という感じがした。


宮下先生がこの数日間の日記を読み上げると、クラス全員が拍手を送った。


手を叩いていない子がその日記を書いた本人のはずだ。


私は必死に顔を左右に振り回して探したが、誰だかわからなかった。


何故か、宮下先生と一瞬目が合った。


「次に、日記とは到底思えない、実に毎日くだらないことばかり書いている、ある男子生徒の日記を紹介したい」


宮下先生は低く大きい声で言った。


教室内はシーンとなった。


「○月○日今日は雨だった。○月○日 今日は晴れだった。○月○日 今日の給食はうまかった。○月○日 今日の給食はまずかった。○月○日 今日の給食はお代わりが出来なかった・・」


もはや、教室内は大爆笑となり読み上げる先生の声もかき消されるほどだった。


私も椅子から転げ落ちるほどおかしくて大笑いした。


素晴らしい日記の後に読まれたある男子生徒の日記は、天気が晴れか雨か曇っているか、給食が旨い、不味い、足りないなどの一言しか書いていない、どうしようもない内容が毎日続いていてクラスメイトの全員の笑いは一向に止まらない。


しかし、宮下先生は全く笑わずに全体を見回していた。


どうして先生はこんなおかしな日記を笑わないのだろうと、私は笑いながら先生をジーっと見つめた。


突如、先生は私の方をジロリと見て怒鳴った。


「真崎っ、これはお前の日記だぞ。お前は自分が書いたことも忘れているのかっ」


私は誰よりも大笑いしていたわけで、先生に指摘され呆然とする私を見て、クラスメイトたちはもう耐えられないというくらい腹を抱えてさらなる大爆笑を展開した。


私は恥ずかしさで、消えてしまいたくなった。


家に帰ってから日記を開いてみた。


そこには、殆どが毎日が一行しか文を書いていない。


ただ担任に提出しなければならないというそのために、天気か 給食か 昼休みに何の遊びをしたか、放課後にはどんな遊びをしたか、というくらいの日記と呼ぶには程遠い実に情けないものだった。


私は、その日からあの素晴らしい女の子の文章を思い出しながら真面目に日記を書くようになった。


いざ、書き始めると少しはその日の出来事やそれに対して思ったことなど書けるようになって行った。


すると先生が、少しだけコメントを書いてくれた。


私がたくさん書いた時は先生もたくさんコメントを書いてくれた。


それが嬉しくて私は日記を書くことがちょっとづつ楽しくなった。


あの素晴らしい女の子のような文章には、ほど遠かったが、少しは日記らしいものになっていった。


やがて文章を書くことが億劫でなくなると、映画好きの私は物語を書きたい衝動にかられるようになった。


生まれて初めて書いた物語は、この小学五年生の時で『ゴジラ対キングコング』である。


あの有名な東宝映画が制作した『キングコング対ゴジラ』とは、全く別な物語で南海の孤島両者が戦うというストーリーである。


さらに小学六年生の時には、ジャンボ旅客機の中で新種のウイルスが発生してそれを着陸させたくない政府と乗客の命をかけたドラマのシナリオを書いた。(これは、当時大ヒットした映画『カサンドラクロス』に影響を受けたのだ)


私はこれを8ミリ映画で撮影しようと計画を立てて親と先生達に猛反対されて実現しなかった。


もちろん、無理だったと思うが。


しかし、中学校二年生14歳の時にアクションドラマのシナリオを書いて初の8ミリ自主映画を撮ることになる。


好きなことを見つけるということは、本当に大切だとつくづく思う。


振り返れば、小学五年生のあの時、みんなの前でかなり恥をかいたが、宮下先生によって日記を、文章を真剣に書くきっかけを作ってもらったことに、今も心から感謝の思いでいっぱいである。


以下次回。


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