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『海辺へ行く道』を観てから数週間。なのに、なかなか感想が書けず……。
他の人はどう思ったかなぁと、レビューを読んでみたら共感する内容がチラホラ。
読むと、「そうそう!」と思うくせに、いざ書こうとしたら自分の中から出てこないという情けなさ……。
でも嘆いても事実だし仕方ないので、そのレビューたちを引用させていただいて、プラスで共感コメントを書くことに。
『しずか踊りの尺がもう絶妙でたまらなく良かった。手拍子だけが響くあの時間、クセになるよ』
↑
そう!盆踊り中、笑顔を見せてしまったら、審判からレッドカードを渡される。それには『また来年』と。寧ろ、笑ってしまって退場したほうが楽しいのではないかとすら思った。
しまいには日が沈んでも、5、6人だけがずっと真顔で海辺で輪になって踊り続ける…というシュールさにコチラは思わずニヤリ( ̄ー ̄)。
仕事でミスをしてしまい、誰にも相談できずに悶々としていた時に出会った、励ましの言葉たちです。
「一回もミスしない、嘘もつかずに生きてきた人なんて、多分いません。
教会で懺悔したり、和尚さんに話きいてもらったり、相談電話で愚痴らせてもらったり、泣いたり、心療内科にかかったり。
いつの時代の人も、どこかで愚痴って泣いてきたんやと思います。時間たったら気持ちに折り合いつきますし、ほんま思い詰めないでください」


いつもは先に観た方のレビューを参考にしながら、鑑賞するかどうかを決める慎重振りなのに(笑)
まぁ、原作のアニメや漫画を試し読み程度に知っていたので、内容は把握済みで、吉沢亮さんの演技も間違いないことが確証済みだから、観ないわけにはいかない、と。
普段、コメディ作品にはあまり触れないけど、本作はたま~にシリアスも入るので、置いていかれることもなく、その緩急が気持ち良かった!
蘭丸と李仁が喧嘩するシーンは、蘭丸が本当のことを言えないがゆえにもどかしく、切なかった。
でも真実を伝えてしまえば、この二人の関係は崩れてしまうから、このまま勘違いしたまま関係を維持してほしいな、と見守っていました。
たくさんこの映画の感想動画が上がっていたのですが、なかなか興味深いお話をされている方がいたので、思わずメモしてしまいました。
自分が今まで観ていなかったジャンルや興味がなかったものに飛び込んだときに、郷に入ったときは郷に従うべき、というお話です。
例えば、完全に若い女性向けのラブコメを映画館で見て、そこでの観客のリアクションを直に感じる瞬間があったとき。このシーンにはどんな意味があったのかと思いを馳せないで、“乙女回路”を開くように女の子のような気分で見るといい映画があるそうです。
映画としての意図というか、どういう気分で見ていくべきものなのかをわかった上で、普段の自分とは違う視点を意識しながら観ていくということ。
今まで自分の琴線に触れなかったような感覚は、単純にチャンネルが開いていなかったからって可能性も。
映画の中で起こっていることと、自分がどうコミュニケーションをするか?
……そんなことをしないで、腕を組んだ状態で「なんだこれ?」って思いながら、ただ受け身で観ていたら、自分にジャストフィットな作品しか楽しめなくなる。
だからかな、選り好みし過ぎて最近あんまり観たい映画がないなと。
普段の私なら『国宝』のような重厚な人間ドラマを好むけど、いろんな吉沢亮を観てみたい!という好奇心から飛び込んだ、下ネタありのBLコメディ。
結果、こっちの映画のほうが好みでした(笑)
『国宝』も、もちろん良かったものの、喜久雄の人生が尾を引いてしまって、まだまだこの人は血の滲む努力で才能を維持していくのだろう、と不要な心配で余韻が続いていました。
『ババンババンバンバンパイヤ』は、「ズキュン♡」や変顔の練習をストイックにしていた吉沢亮を、勝手に想像すると作品では見えていない背景が楽しくて、顔がほころびます😊
ある意味、『血の滲む努力』は一緒かもですが、決死の表情で「死~ぬ~る~覚悟が~……」より、美しい顔を変顔にした「ズキュン♡」のほうが、私には『ズキュン♡』でした!
これに繋がるいろんな未開のジャンルを観てみたいと思いました!

もともと鑑賞予定ではなかったものの、ここまで評判がいいと自分の目で確かめたくなるもの。
本当は『ルノワール』の予定だったけど、こちらは逆にあまりよろしくないレビューがチラホラ目に付いたため、時間とお金をムダにする可能性を考えて、確実そうな『国宝』に急遽変更。
ネタバレしながらの感想になります!
ハッとしたところは、主人公があれほど欲しがっていた血筋も、糖尿病という病魔で受け継がれたのを見て、必ずしも良いことばかりじゃないと思い知らされた場面。
それに、俊介がもし歌舞伎ではなく、他の道を目指したかったとしても、否が応でも歌舞伎の道に進まないといけないという呪縛にもなりかねないのが血縁の宿命。
でも、代々受け継がれて、終わらせないために血筋で繋いでいく伝統芸能だから、そこに産まれたら“運命”と思うしかないのだろう。
……だなんて、今まであまり考えないことを考えさせられた。
あと、一流の芸を極めた人が必ずしも人間性が素晴らしいわけではないことも、よく理解できた。
映画の中では(小説とは内容が違うみたいだけど)隠し子の娘とはほとんど会わず、人前では他人の振りをするほどの冷たい父親でも、舞台ではたくさんの人を魅了し、幸せな気持ちにさせることができる。
それは、この映画の話だけではなく、吉沢亮だって、これだけ完璧な演技と熱量で私たち観客を感動させる才能がある人でも、プライベートでは泥酔して部屋を間違えて警察沙汰になってしまうのだから。
でも、『バババ』の公開が延期になったお陰で、私のような“にわか吉沢亮ファン”が来週『バババ』を観ることになるのだから、決してネガティブな出来事ではなかったはず!
通常通り2月に公開していたら、別の映画を観ていたし、ノーマークの作品だったのに、『国宝』から吉沢亮の魅力を堪能し、ぜひ違う面も見たいとこれまた急遽鑑賞予定に(笑)
横浜流星は完璧な優等生的で、かっこよすぎだけど、吉沢亮はちょっと天然っぽくて人間らしい失敗をする人として、逆に好感が持てる。
これまで警察沙汰などの問題で、映画公開が延期された人の中で、逆に好感度が上がった人はどれだけいるだろう?
『国宝』を観たら、映画に映されていない多大なる練習や稽古の時間を想像できるし、これだけのことをやり遂げたのだから、お酒を飲んで発散してもらいたいし、気が緩んで部屋を間違えることだってあるさ!
そう、あの出来事が起こった背景を『国宝』で確認できたからこそ言えること。
それに、『バババ』の公開がこのタイミングになって、私のように通常だったら観ないはずのお客も取り込むことができるのだから、逆に宣伝効果バツグンだったのだ。
そう思うと、あの出来事は良い方向へと回収された“伏線”になったのだろう。


仕事帰りで寝不足だったから、最初所々眠くなったけど、途中からグッと引き込まれた。


