今年は、古事記が献上された和銅5年(712年)から、ちょうど1300年目になる。
古事記の成立については、天武天皇が稗田阿礼に暗唱させたものを、元明天皇が太安万侶に命じて文章にしたということになっている。
稗田阿礼は一説によると、一度見聞きしたことは忘れないという特別な才能の持ち主だったが、反面文盲であったとも言われている。
天皇のそばにつめていた舎人であったのに、文字の読み書きができない人物だったらしい。
それに、私が今から20年前の大学生だったころに読んだ古事記の解説書の著者であった梅原猛氏は、稗田阿礼が藤原不比等ではないかという説を唱えている。
また、稗田阿礼は女性だったという説もある。
つまり、稗田阿礼は謎の多い人物なのだ。
日本最古の歴史書を暗唱していた人物が、そんな謎の多い人物であるのは、古事記の信憑性に関わってくるので、私が大学時代、周りの人間の中にも、古事記は奈良時代の歴史観であって、天武天皇系列の正当性を主張するモノだから、あてにならないという者が多数いた。
確かに、現在の歴史学の観点から見たら、古事記の内容は矛盾があったりもするのだが、そもそも天武天皇は、帝紀と旧辞、つまり天皇の系譜と古くからの言い伝えが散逸したり間違って伝わったりするのがよくないからということで、稗田阿礼に暗唱させたということになっている。
いろんな意見はあるけども、結局のところ古事記は天武天皇が正統な天皇だということを証明することがメインテーマだったのだというのが正しいようだ。
私もそう主張したいが、内容が推古天皇までしか及んでいないから、もうちょっと確実な裏付けが欲しい。
古事記で旅に出ようとすれば、まず思い浮かぶのが「おのころ島」なのだけど、少し古事記を知っている人に言わせたら、淡路島や沼島がおのころ島だという。
しかし、私は国生みの話を読むにつけて、どうも火山活動の様子のような気がしてならない。
結局おのころ島はどこなのかわからないから、行くことができない。
だから、古事記を暗唱していた謎の多い稗田阿礼をめぐる旅に出ようと思う。
いつもながら、結論のつけ方がめちゃくちゃなのだけど、とにかくどこかに行きたい。
山陽本線の網干駅で電車を降りた。
ここから稗田神社まではおおよそ3.5キロ。おおよそ40分くらいである。
グーグルマップで網干駅から稗田神社のルートを検索し、歩き始めた。
ちょっと暑い日であった。
網干駅といえば、JRの電車の工場や車庫があったりして、京都でも米原でも網干行きの電車が走っているので、どんな街かと思っていたら、駅から5分も歩いたら、写真のような住宅街になった。
もっとも、網干なんて集落は、太子町の中心から外れた場所にあるのだ。
だからJRが大きな電車の車庫を作ることができたともいえる。
この住宅街を抜けたら、大きな道路に出た。
県道27号線、旧出雲街道である。
途中で旧道に入ってしばらく行けば、新幹線の高架下をくぐる。
新幹線は一直線に走っているようで、あちらこちらで歴史的な遺物のそばを通る。
さらに稗田神社の方向へ歩くと、国道179号線の交差点に行きつく。
この交差点には、「鵤」と書いてある。「いかるが」と読む。
太子町の中心だから「いかるが」なのかなと思ったが、斑鳩ではなく鵤なのだ。
それにしても、奈良時代の人物を祀った神社が、飛鳥時代を思わせる地名の中にあるのはどうしたことか・・・
歩道が狭く歩きにくい道を、交通量が多いから、クルマを避けないと歩けない。
網干駅から30分も歩いたら、マックスバリュにたどり着く。
このスーパーの前の交差点を左に入ったら、200メートル先に鳥居が見える。
その鳥居が目指す稗田神社の鳥居なのだ。
立派な神社の入り口の脇には由緒書きがあって、「古事記」と「稗田阿礼」の文字がある。
ここが稗田阿礼と縁のある神社なのだ。
しかし、どこにも古事記1300年を感じるものがない。
境内に入ってみる。
本殿の横でたき火をしているおじさんがいた。
私が境内をウロウロしていたら、たき火のおじさんが寄ってきて、何しに来たというから、
「今年は2012年で、古事記ができて1300年目で・・・」
と話し始めたら、おじさんは硬い表情から笑顔になって、古事記をテーマにした歴史の話を私を相手にしゃべり始めた。
どうやらこのおじさんは、稗田神社の神主さんかもしれない。
その神主さんかもしれないおじさんに向かって、「おのころ島はどこですか?」と聞いたら、「淡路島」という答えが返ってきた。
ただし、この方は、ご自分でキチンとした理論を持っていて、つまり、なぜ淡路島がおのころ島なのかを説明できるので、反論のしようがない。
国生みが火山活動だなんて言ったら猛反対されるに違いないと思ったから、自説は伏せておいた。
そのあと、また網干駅まで40分ほど歩いてもどり、新快速電車で大阪に出て、大和路快速で郡山で降り、賣太神社に行った。