『三毒解脱の原理3』
智慧、法施となしゆくも、自ら自受なして得ずに、与える事のかなわぬなり!
ゆえに修し行じて、まず自ら得て、それを用いて全てに与うと申すなり。
自利、利他の覚行も、一切の救いの為と言うなり。
呼吸とて、吐く為吸うのであり、吸いたら吐くなり!
呼を先にするは、吐くが大切なると示すなり!
生まれるとはこの吐くことなるに、人の生の始め、赤子の誕生に、吐きて生まれるなり。
命を死出とおさめるに、吸いて引く事を知る事なり。
吸うはみな、ただ吐く事のみに尽きるなり!
呼吸の大切は、この吐くを一となして、よく命の毒を出しゆくなり!
これを阿吽の呼吸の教えと示すなり。
人の命、食にしても食したら、生かし出すを大切と示すなり。
便なくして、出さなくしては、命のそこにならぬなり!
みなこの命ひとつと道を教えるなり。
それを忘れて自己中心に迷いて、ただ、貧しき我欲の毒これをのみを食らう愚かと知る事なり。
我と食ろうて餓鬼の悪道と落ちずと正と帰れと言うなり。
自己中心自我の害毒と払いて自他一如、無我の大海とかえるは、甘露、不死の妙酒を得るが道とは教えるなり。
全て、逆さまの心と迷う事なるに、
自我の計らい、自我の貪欲、払い覚めと言うなり。
例えば、我、我、我と申して但、我と信じさせようとしても、小の道とは知る事なり。
無我大道となして信を一切と広げれば、それは尽きず生ずと申すなり。
待つのみの愛、自己中心の愛欲また小にして苦の因なるに全てを自分から進みて愛する愛と向かえば、その愛広大無尽にして尽きず開くと知る事なり。
されば、そこにして全ての愛、命と得ると申すなり。
与える事は得る事なりの神仏全ての教え、全てに知れと申すなり。
これこそ、三毒解脱の原理、命の教えと言うなり!
太陽の法嗣
大日 天光子
合掌