大学に入った。
春。
まだ少しだけ、空気は冷たかった。
由子は、キャンパスの中を歩いていた。
人が多い。
声が多い。
少しだけ、ざわつく。
(……多いな)
そう思いながら、足を進めた。
大学に入ってからも、それは変わらなかった。
人が多い場所は、少し苦手だった。
でも、
一人でいるよりは、ましだった。
(誰かいれば、落ち着く)
そう思っていた。
そのとき。
ふと。
空気が変わった気がした。
ざわつきが、少しだけ遠くなる。
音が、やわらぐ。
由子は、足を止めた。
(……あれ)
目を上げる。
少し先に、一人の男が立っていた。
何をしているわけでもない。
ただ、そこにいるだけだった。
でも。
分かった。
(……静か)
その人のまわりだけ、空気が違う気がした。
近づく。
理由は分からない。
でも、足が動いた。
すれ違う。
その瞬間だった。
すっと、胸の奥が軽くなった。
(……なに、これ)
驚いた。
今まで感じたことがない感覚だった。
安心した。
本当に、自然に。
何も考えなくても。
ただ、そこにいるだけで。
(この人……)
振り返る。
その人は、もう前を向いて歩いていた。
名前も知らない。
顔も、はっきり覚えていない。
でも。
分かった。
(また、会いたい)
理由はなかった。
でも、そう思った。
それから、何度か見かけた。
講義室。
食堂。
キャンパスの中。
そのたびに、同じ感覚になった。
近くにいると、落ち着く。
ざわつきが、静かになる。
(……なんでだろ)
分からなかった。
でも、嬉しかった。
少しずつ、距離が近くなった。
話すようになった。
名前を知った。
悟。
五島悟。
名前を呼ぶと、少しだけ安心した。
それも、不思議だった。
一緒にいる時間が増えた。
笑うことも増えた。
自然だった。
何も無理していないのに、楽だった。
(……好きかもしれない)
そう思ったのも、自然だった。
でも。
その頃から。
少しだけ、違う感覚もあった。
夜。
一人でいるとき。
ふと、意識が遠くなることがあった。
ぼんやりする。
体が、少し軽くなる。
どこかに引かれるような感覚。
(……なに、これ)
怖くはなかった。
でも、
少しだけ、不安だった。
目を閉じると。
誰かを感じる。
近くにいるような。
でも、触れられない距離。
(……悟?)
名前は聞こえない。
でも。
なぜか、そう思った。
目を開ける。
何もいない。
部屋は静かだった。
それでも。
感覚だけは、残っていた。
(……つながってる?)
その言葉は、まだ知らなかった。
ただ。
一緒にいると、安心する人がいて。
離れていても、感じることがある。
それだけだった。
それが、何なのかは。
まだ、分からなかった。
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