心配しすぎる 囁き 恐怖心 | 見えない世界の真実が此処に®

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霊能力を生業としている方や、一般の方、霊媒体質の方のためのブログです。






それは忍び足でやってくる。



地下鉄。

電車の中で誰かが咳をしている。

風邪だろう―――。

一つの咳は数千の風邪菌をばら撒くのであろうか。

 

と、そんな事は滅多に考えないのかもしれないが。

電車を降り歩き始めると、どうも喉の調子が悪いような気がした。

でも、その事も特に意識したわけではなく。



―――しかし

夕方、どうも喉がむずがゆい。

あ。そういえば、

今朝の電車の中で誰かが咳をしていた。

風邪でももらったのだろうか…。




これは一つの足音に過ぎない。




強まる恐怖心は、この積み重ねでやってくる。

もっと確実に、もっとゆっくりと、

ジワジワと、人の心に攻め寄ってくる。




酷くなればそれは、医学的には強迫神経症という名称なのだろうか。

雑念恐怖 高所恐怖 嫌疑恐怖 疾病恐怖 不完全恐怖など、いろいろな症状があるらしい。




それらは忍び足でやってくる。




しかし、風邪がうつる などのように、すぐにはやってこない場合が多いのかもしれない。




きっかけは本当に些細な事かもしれない。

小説や映画や物語の中には、伏線が張られているが、まさしくこの伏線がその人の人生の中に張り巡らされていく…と考えてもらえばと思います。




「息子は三度も事故を起こしている。だから出かける時に心配で心配で仕方がない。いつも最悪の事を考えずにはいられない。」

このような話であれば、なるほど!それは心配ですよね…と多くの方が思う事でしょう。




ところが心配している本人はどうかというと、

「三度も事故をしているのだから、もう十分に注意しているでしょ!もう大丈夫よね…」

 

と比較的良い方に心配することもできるが

「今度は、死亡事故を起こしてしまったり、死んでしまったりするのでは…まかすればひき逃げを起こしてしまったり…」

 

と、悪い想像がつきない心配をすることも当然あるでしょう。

息子さんが3回も事故を起こしたというような話であれば、仕方が無いと思っても、まあそうでしょう。




しかし、極度に心配してしまう理由を、あえて説明するならば、それは、多くの伏線の上に心に形成されたものなのです。




そこで今回は、「潔癖症」という強迫神経症について説明したいと思います。




何歳のどの時期に発症しだすのかは人により当然違うのですが、そこに至るまでの道のりに敷き詰められる伏線には、おそらくはある程度の共通点がある事でしょう。

しかし、パターンはいくつもあります。

今回説明するパターン意外にもいろいろ考えられるのです。

ひと言では、ひとつの文章だけでは解説するのはかなり難しい。








A家という、家系がありました。

その家系に降りかかっている因縁は、まさしく潔癖症を発症してしまうような因縁。

つまり、(肉体の)先祖が起因していました。

A家は代々、使用人を使うような家でした。

当然使用人を使う上で、いろいろなトラブルが発生してきました。




ある使用人(丁稚)は、6歳でA家に入りました。

まだ幼いながらに、非常に頭が良く、仕事も出来ました。

しかし、厠(便所)掃除だけがどうしても苦手でした。

なぜなら、A家に入る前に、何度も肥溜めに落ちていたのです。

その時、身体にまとわりついた糞尿の感覚と臭いがトラウマになっていたのです。

厠掃除だけはどうしてもやりたくない…。

そう反発したのです。




しかし、A家の主人はそんな事は許しませんでした。

「厠掃除を怠るやつに仕事は出来ない。綺麗にしなさい!」

とその使用人(丁稚)はそれでも嫌々に仕事をしている様子で、その姿が主人はどうしても許せません。



必要以上に、

「綺麗にしなさい! ほら、そこも汚い!」と言うようになりました。

使用人(丁稚)は、若いという事もあったのかもしれませんが、ノイローゼ気味になり常に「綺麗にしなくては…綺麗にしなくては…綺麗にしなくては…」と呟くようになりました。




他の使用人のなかには、その姿を見て哀れむものもいれば、ひどく同情するものもいました。

そして、こっそりと手をかしたり、励ますものもいたのです。

それでなんとかノイローゼのような状態でも仕事ができていたのですが…。

ある事をきっかけに一気に、その幼き使用人(丁稚)はおかしくなってしまったのです。




それはある日のこと。

厠で用をたしていた主人が、誤ってフンドシを汚してしまいました。

なにぶん、厠の中でしたので、使用人にそのフンドシを洗ってもらおうと声を出しました。




「おーい!誰かいないか!?」




と、運悪く近くにいたのが、この幼き使用人(丁稚)だったのです。




「へい、どんな御用で…」

「ああ…お前か、ちょうど良かった。扉を少し開けて、手を入れてくれないかい。」

「へい、入れます」

と、主人は便で汚れてしまったフンドシをこの使用人の手に乗せたのです。




「あ、こ、これは、なんでしょうか」

「洗っておいてくれ…。そして妻のカナエに言って新しいフンドシを…」

と、主人が言おうとすると同時に、

――――使用人の叫び声があがりました。


「あー!ああー!!!ああああーー」


その声に他の使用人なども厠の前に集まってきました。

顔面蒼白で、ブルブルと震える幼き使用人は、門の外に運ばれました。

主人は、フンドシを汚したという事を皆に知られ、大恥をかいたのです。




その後、使用人(丁稚)は気が触れたようになり、故郷に帰ることなく「綺麗にしなければ…綺麗にしなければ…綺麗にしなければ…」と呟きながら、死ぬまで歩き続けたのでした。




さて、この使用人は死んだ後、どうなるのか。

主人に対して恨みを持つというよりも「綺麗にしなければ」という思いがほとんどの霊体になるのです。

その思いは非常に強く、輪廻転生する事なくさまよい、綺麗にしなければという思いだけの存在になるのです。




綺麗にする事を嫌う子供を見つけては「綺麗にしろ~、綺麗にしろ~」と耳元で語りかける事もあるでしょうし、A家の主人の子供たちにも、そしてその子供たちにも、さらに子供たちにも、つまりずっと綺麗に出来ない子供がいれば、「綺麗にしろー、綺麗にしろー」と語り続け、それでも子供が綺麗に出来なければ、今度はその母親の耳元で、「綺麗にさせろー、綺麗にさせろー」となるわけです。


霊媒体質の、思いの伝わる相手の耳元や、子供の耳元で囁き続けるわけです。




―――――




上記は例え話です。

が、このような例が全くないわけではないでしょう。このお話のような使用人の霊体の影響で、潔癖症になる事も当然あるわけです。

しかしこの潔癖症の話は、さらに!…という事になります。

他の影響もあるのです。




ただ単に綺麗にしなければならないよな…という状態だけで、本人がその事に悩まなければ良いのですが、仮に

「綺麗にしなければという感情が止まらない。どうやっても止まらない。どうやったら止まるのだろうか。私は病気だろうか…。」

と悩み始めると、話が続くことになるのです。




このブログで、魔物は人間の苦しみの思いの念が好きであるという事は既にお伝えしている通りですが、上記の使用人の霊体と、魔物がコラボレーションした場合は、さらに酷くなる事になるのです。




近くにいる霊体から「綺麗にしろー」と言われ続け、また周りの大人たちからもそう言われ、なにぶんずっと耳元で「見えない存在」から言われ続けているが為に、ちょっとの汚れが気に入らない。

普通の人なら許せるだろう、綿ぼこりやガラスの曇りなども許せない。

手を洗う時も、洗剤で3回は洗う。綺麗なトイレでなければ用も足せない。

その事に本人が「これが自分だ!」と思っているならば、まだましなのかもしれません。

が、いつしか、「私はおかしいのではないだろうか。普通ではない。」 症状を調べると「強迫神経症」や「潔癖症」というものらしい…。

どうしよう?私は大丈夫なのか…。ああーどうしよう。

家族もまた、うちの子はおかしい、心配だ…。どうしたら良いのかしら?

何十回も手を洗っているようだけれど…。

買ってきたばかりのボディーソープがもう無くなっている!




こうなってくると、もう抜け出すのは容易ではありません。




潔癖である本人の悩みの「想念」。

そして家族の悩みの「想念」。

それらをさらに生ませる為に、魔が加担してくるのです。




たった一体の使用人の霊体が、軽微な影響を起こし、それに強く反応した人間からさらに苦しみの「想念」を生ませる為に、魔物が囁くのです。




「もっと、綺麗にしろ」

「綺麗にしなければ触れない」

「それも汚いぞ、あれも汚いぞ」

何かを触ろうとすると

「それは触るな!汚い!」

などと、霊体よりも強力に頭の中に囁いてくるのです。




もう、お分かりでしょう。

苦しめば苦しむほど、蟻地獄か底なし沼のように、もがけばもがくほど、抜け出す事が難しくなってくるのです。




さて、書いて伝える事は、此処では簡単な事ですが、こうやってこのブログで書いてしまうと、当事者にとってみれば、絶望感しか生まれないのかもしれません。

ですから、見えない世界の観点から抜け出す方法も書いておきます。




「気にしない」

「全く考えない」ことです。




ちょっとでも、頭の中に不安を抱える考えを持とうとしたならば、すぐに違う事を考えるようにする事です。




まえもって、面白い事や絶対笑える事や、元気になる考えを容易しておくのです。

好きな食べ物の事でも良いですし、好きな芸能人の顔でも良いですし、とにかくまったく違う感情になる何かを用意しておくのです。そして


少しでも「汚いのではないか…」と、考えはじめた瞬間に!

「フトンがふっとんだ!」と心の中で思うのです。

「フトンがふっとんだ!」が笑えなければ、早口言葉の練習をするのです。

早口言葉が10回間違わずに言えたら、「勝ち」などの自分勝手なルールを用意しておくのです。




何が言いたいのか。

つまり、自分自身の感情のコントロールです。

苦しめようとしている存在が近くにいる。

そいつらをワザワザ喜ばせる為に、あなたが苦しむ必要は無いという事です。

感情が苦しみだそうとすれば、すぐに他の感情を自分で作り出すのです。





尽きない心配事。

生きていれば当然、誰だって苦しいし、悩みは尽きないものです。

ただ、その悩みや苦しみに支配されるのは、たった一回きりの人生にとってどうでしょうか。




ありきたりな言葉かもしれませんが、悩んでいても悩みは解決しない事が多いでしょう。

失敗に対する反省は確かに必要な事です。

しかし、どんなに苦しいと思っても前向きな苦しさならば、成長に繋がるはずです。




心配しすぎて悪い事しか考えられない時。




なんでだろう?

なんでこんなに悪いことばっかり考えるのだろう?と思い悩むよりも、




やるべき事を、他の行動を起こすべきでしょう。

そして、ある感情や悩みからなかなか抜け出せないならば、笑う事です。

笑えなくても、1人でいるならば、大きく笑う振りをしてみてください。

その自分の姿に、いつしか本当の笑いに変わるはずです。




以上、かなり長くなりましたが、

ご質問頂いた事への返答とさせていただきます。





シックスセンス管理人