優しい愛(番外編)自分を助けたのは自分であったのか | 見えない世界の真実が此処に®

見えない世界の真実が此処に®

霊能力を生業としている方や、一般の方、霊媒体質の方のためのブログです。


テーマ:


目を瞑ると、そこには無限の世界が広がっている。


幽界

 

念界

 

他界

 

狐界

 

魔界

 

妖界

 

聖獣界

 

宇宙界…


さらに時空が存在し、過去、未来、そして現在の他界であり、それは別の自分であったりもする。
 

時に、その中で出会い親しくなった人と、助けた人と、手助けしてくれた人と、この現実の世界で出会うことがある。

なんだかな…どこで会ったのだろうと、自分の記憶をさかのぼることになるが、なかなか思い出せないし、自分の記憶に辿り着かない。

 

 

すべての不思議の始まりは、

最初の記憶から始まる。

 

おそらく3歳くらいだったと思う。

 

あの青い火柱は、未来の自分であったのではないか。それから起こりうる試練を、つらい状況を説明し、なんとか生き残るように教えにきたのかもしれない。


最近分かってきた事。

自分でも驚愕する事実。

あれだけ苦しい状況だったのに自ら命を絶たなかったのは、今の自分がいるからだった。

 

未来の自分がその時の自分に語りかけ、勇気付け、未来の幸せを教えていたからだった。

いつまでも苦しい時は続かない…

小学生の頃、そう自分の心に語りかけていたことが確かにありました。


しかし、未来はいくつも存在し、その未来も消えていかずに残るのは極わずかであるはずなのに、今の私がいる未来は残ったことになる。時に、違う選択をした自分を見ることがある。そこは違った時空であり、手を出すことは出来ず、いや本能的に手出しをしてはいけないと思う時空である。そこを触れば崩壊するのかもしれない。

まったく違った人生を歩んでいる自分がいる。

未来は常に変化し、時間には必ずずれが生じるようだ。


 

 

どの浅い眠りにも、秘密が隠されている。


そこで学ぶことが出来るのは、なぜなのか。


そこが、人の一生に値する時間であるのはなぜなのか。


それは、時空を超え旅しているからにすぎないのか。


なぜ見たくもない他人の人生を見ることがあるのか。


なぜ他人の目を通してその人の人生を見てしまうのか。


それはもしかしたら違う次元の自分であるのか。


それは何なのか。

それは疑問を持ってもどうしようも無い力であると思うしかない。



映画「ハウルの動く城」の一場面に、天から降ってきたいくつもの星が、回り、飛び跳ね、そしてハウルに向かってくるシーンがある。

宮崎監督は超能力者ではないのかと思うのです。

 

私や他のメンバーが体験したことのある情景を映画のシーンに使っているのは、きっと見たことがあるから。


今は分かる光の正体。

 

あれは魔であり、普通の人間が魅了されてしまう出来事であり、私もかつて経験した事であり、しかしまだ中学生だった為に誰も信じてくれなかった出来事。誰も信じてはくれないし、その事を話すことはありませんでした。

目の前に大きな流れ星が流れてきて、そして自分に向かってきた。私は目を見開き、向かってくる光をぎゅっと見つめていました。急に、目の前で光は消えたのです。

すべてが必然であり、必然ではあるけれどもそれは未来の自分が助けたことであったのかもしれないと・・・最近思うのです。

 

あの光を消し去ったのは自分でした。

それで過去が変わったはずですが、今のこの私がここにいるのは、あの光を消したからなのかもしれません。



シックスセンス管理人

見えない世界の真実が此処に®さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります