神秘の島 屋久島 vol.19 | 見えない世界の真実が此処に®

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この物語は、シックスセンス管理人が今に至るまでを語るものです。


一番最初は、ココから

 

 

 



■神秘の島 屋久島

私が初めて屋久島を訪れる機会を得たのは、18歳の時でした。お世話になっている社長から、店休日である毎週水曜日の朝早く電話がかかってき、日本のどこかに連れて行って頂いていました。今日は、函館に行くぞ。今日は、四国に行って讃岐うどんを食うぞ。今日は、沖縄に行くぞ。今日は東京に行って蕎麦を食うぞ。そんな調子でした。 

働きだしてすぐに、どこに行ってもある程度の力を発揮し、人の感情を読むような人間になってしまっていました。良くも悪くもであったのですが。 

ある時、いつもよりかなり早い時間だったと思いますが、今日は種子島に行くぞ、とお世話になっている社長から電話がかかってきました。ちょうど連休だったので、一泊できると思いかなりわくわくしました。種子島までセスナで飛び、宇宙センターを横目に見ながらのドライブをし、屋久島行きの船のある港までいきました。そして乗ったのはトッピーという船だったと思いますが、速い船でした。 

到着するとすぐに宿を探し、休む暇も無く、滝めぐりに連れて行って頂きました。いろんな滝を巡り、途中、猿に出会ったり、亀が産卵する砂浜に寄ってみたり…、そして、千尋の滝! 

なぜか懐かしいような、なぜかとても嬉しい気持ちに。366日雨が降るという屋久島で、さすがの水量、そして水しぶきに写る虹がとても綺麗だった。後に何度か訪れることになる屋久島ですが、なぜ屋久島が好きになったのか。そして、なぜ、熊本の天草に何度も足を運んだのか…。今なら理由がわかります。 

自然に触れるとエネルギーが溢れるような気がしていました。何よりも知らない土地に行き、いろんなものを食べる事が出来る。とても充実していた時期であったと思います。高校時代のうつ病、対人恐怖症、対人不安、人を信用できない気持ちが徐々に癒やされ、順調に精神状態は回復しているように思っていました。 

しかし、私が、順調に幸せに暮らすことなど奴らが許すはずも無く、魔の囁きが始まったのです。

変なオヤジギャクを当時の先輩から教わり、笑ってみても、大人の遊びを覚え、飲みに行ってみても、奴らは、私を陥れてきた。今思えば、私の面倒を見てくれた方達に申し訳ないと、心から思います。私のお世話をしてくれた人達は…。 

その職場で一番に私の面倒を見てくれていた方は、突然、脳梗塞で倒れ記憶喪失になり、私のプライベイトな面倒を見てくれていた方は、お酒に溺れ、借金地獄になり…、私が当時つきあっていた彼女は、私の精神状態の為に、苦しみうつ病になった。 

あの日の夜「なぜこうなんだ!」と心の中で叫びまくり、私は死んでも良いと思い、道路に寝そべり、空を見上げ泣きました。でも、車のライトが見えると、急に怖くなり、クラクションの音と共に飛び起き、逃げました。自分の行動に思わず笑いが出て…、笑いながら悲しくなった。 

お世話になっている社長が「大学に行け」と、ちょっと前に言ってくれていたのを思い出しました。そのまま近くの駅まで歩き、鹿児島の友達に、明るい緑色の公衆電話から電話をしました。 

「大学に行こうと思うのだけど、どう思う?」

「行けば…どっか受かるでしょう」 

彼は唯一の私の親友ですが、いつもの冷たいように言い放つけど、優しい心のこもった言葉に勇気付けられ、1週間後の大学試験に受かり大学に進むことにしたのでした。20歳になる年のことです。 

結局、あのまま流れに任せて仕事をしていても、今の師に出会うことは無く、私が大切に思う人達を苦しめるだけだったと、今改めて思います。 

霊能力の代償と家系が背負う因縁。

軽い言葉では語りつくせない。 



つづく

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