甘茶 vol.4 | 見えない世界の真実が此処に®

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この物語は、シックスセンス管理人が今に至るまでを語るものです。


一番最初は、ココから







■甘茶


私が生まれてすぐに亡くなった祖父を弔う為に、祖母はお寺参りをするようになったそうで、私も幼い時から一緒に歩いてお寺まで行っていました。

5歳か6歳くらいの時だったと思います。

歩いて30分くらいの場所にあるお寺に行くと、甘茶が出てきていました。とても甘く美味しいお茶だったような気がします。

小さな釈迦像が、噴水のような場所に置いてあり、その釈迦の頭に、柄杓で甘茶をかけ、下に溜まった甘茶を飲むというものでしたが、

私自身は、実はキリスト系の幼稚園に通っており、登園するとマリア像へのお祈りから始まり…お昼ご飯の時や、朝の会でも「日々の糧を」という賛美歌を歌いお祈りをして「いただきます」と「新しい朝を下さったキリスト様に感謝」とお祈りしていました。

そういえば、賛美歌をいくつも覚え、お遊戯会で発表していましたね。



父親の暴力から逃げるように祖母の家に避難すると、釈迦さんにお参りし、そこから幼稚園に行くとマリア像やキリスト様にお祈りする。

子供心に不思議な気持ちになっていました。

母親が泣き崩れると、ブツブツと「神様仏様助けて…」と、

私はそんな母親の姿がとても不思議でしたが、祖母はマリア像のいない仏壇にお参りをするのでした。

いろんな宗教、宗派があり、困った時だけに「神様仏様阿弥陀様…助けてください」と願うのは日本人くらいですよね。

しかし、そんな私も、後に、観音菩薩や盤若心経を覚え、助けを求めるのですが…それはまだ後の話です。



普通であれば、普通には育たないであろう環境であったと思います。

それほどのDVであったと今でも思います。


幼い時、私は言葉をほとんど口にしませんでした。異常に冷静であったのか、もしくは、感情を押し殺していたのかもしれません。

そして私はひとり、女の子のおもちゃで遊んでいました。

なぜなら、実体の無い、いつも私の面倒を見てくれていた祖母には気付かない女の子がそこにいたからです。



異常に冷たい縁側の廊下。

あり得ないほど吸い込まれる、畳の上に敷いてある布団。

もう何年も行っていない実の祖母の家ですが、あの場所だけは今でも恐ろしく感じます。



布団の上にいると、下の方に吸い込まれ全く動けなくなり、しかし祖母は隣で「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」を楽しそうに見ていました。

私はただずっと、電気が消えるまでの間、天井の壁紙の不規則な形を目で追っていました。



なぜ、あの畳の上で寝ると吸い込まれていくような感覚に襲われ、身体が動かなくなるのか。


今ならわかります。


あそこは、建て増しした部屋でした。


もともと井戸があった場所で、水場であったのに、コンクリートで埋め、その水場を棲家にしていた魔物を怒らせてしまった。

おそらくは、その怒りの為に、あそこには空から大地に向かってホールが空いてしまっている。だから吸い込まれるような感覚になったのです。霊媒体質であった私は良い餌食だったのでしょう。

 

怖い!


それだけでしたが、ただ、家に帰るよりもましでした。


祖母の家は因縁も深すぎました。

祖父はトンネルの中で働き、そして死に、伯父は二度の離婚をし、ろくな生き方をしていない。

もう私とは関係の無い家系になってしまいましたが、今、どうなっている事でしょう。





つづく

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