今回読んだのは「本気!(マジ)外伝クジラ」。
全2巻完結。


このマンガ、外伝とはいえ「本気!」の久しぶりの新作で、昨年6月に感想を書いた「極道の食卓」の主人公であるクジラとの共演作。
年齢も極道としての生き方も違うスタイルで描かれた二つのマンガの主人公が、ともに「風組」という組織の組員だったからこそのコラボであろう。
ふたりがどういう出会いをし、既にヤクザを隠退してるクジラと現役の本気がどのように描かれるのか結構期待してたのたが、正直期待ハズレだった。

クジラこと久慈雷蔵は、刑務所に服役中に抱いていたあらゆる欲望がいざ出所すると時間の経過とともに消えてゆき、それを生きる希望を失う事に似ていると感じてしまい、なぜか赤い橋によく立っている男・白銀本気に会いたくなり、赤橋に向かう。
本気には会えなかったが、道すがら本気の極道として歩いて来た道をなぞる。

本気がまだ渚組のチンピラで、風組本家に行儀見習いに来た頃クジラは風組若頭・望月のナワバリの北を既に預かっており、本気は南を治める風組草書(幹部)赤目新山が預かったので直接会う事はなく、傍観者として見守っていた。
クジラと本気が直接会ったのは、本気の大阪時代。
クジラが仕事で大阪に出掛けた時、夜のクラブで本気を見かけるが、自分を知らないと思っていた本気からいきなり声をかけられる。

クジラが本気を見ていたように、いつからか本気もどこからかクジラを見ていたのであった。
この後、これまで本気に登場したキャラクター達の過去と現在を追いつつ、「極道の食卓」でクジラの跡目を継いだ吉田や濁組の組員にも触れながら、一話完結式で「極道の食卓」と同じように毎話エピソードにちなんだ食を一品ずつ取り上げていく。

本気とクジラの再会は買い物帰りのクジラが本気が乗る車に轢かれそうになるという、なんらドラマチックさのない偶然の再会として描かれる。

偶然の出会いから本気とクジラは食事をするのだが、自分にはこのエピソードが一番印象深い。

ふだん寡黙な本気が、かなり歳上だからか既に隠退しているからなのか、クジラに生涯愛し続けるだろう女房・久美子との短すぎた結婚生活を雄弁に語る。
本気というキャラクターは本編・番外編を通して自分の感情をあまり表に出さない、ヤクザものにありがちな激しい感情気性や野心をもたない主人公として描かれた。
それゆえ本気の感情を表現する手段として独白や風景だったり、時には周りのキャラクターに言わせる手法が使われいた。
私欲がなく義理人情に篤く、街に暮らす人々を大事にする本気を主人公としたこのマンガは、なんでもかんでも倫理観や読者にたいする影響やらであれこれ規制がうるさい現代では考えられない事だが少年誌に長期連載され、本気に憧れて本当にヤクザになってしまった読者がいたという笑えない話まであったらしい。
その本気が久美子にたいする想いの深さを時に声を出して笑いながらクジラに語るのだ。
深い付き合いがあるわけでもないクジラに、ふだん感情を見せない本気がつい饒舌になる。
それだけで本気がクジラにたいしてどれだけ気を許しているかが伝わってくる一編だった。


終盤になるとクジラは一夜をともにした美女に嵌められ、殺人の濡れ衣を被せられ逮捕されてしまう。

クジラの年齢で殺人罪で服役すれば、残りの人生を刑務所で過ごす事になる。
状況的に不利なクジラを信じて積極的に動いたのは、「極道の食卓」本編でクジラをさんざん目の敵にしていた所轄署のカニ刑事であった。
定年を間近に控えたカニ刑事は別の暑の事件である為捜査費も出ない中、自腹で捜査してクジラのアリバイを証明して濡れ衣を晴らす。


これも立原あゆみのよく使う手法で、因縁があった相手が心強い味方になる事で人情味ある邂逅を描く。

風の最強軍団と呼ばれる処刑団を率いる紅花備前によると


クジラを嵌めた美女は「オニオコゼの洋子」という女ヒットマンらしいが


この女性、「極道の食卓 獄中編」でなにかとクジラに嫌がらせをしていた殿下に、風組が送り込んだ女ヒットマンと同一人物のような気がするのだが気のせいだろうか?

自分的にはこのマンガの楽しみ方としては「極道の食卓」や「本気!」のキャラ以外に過去の立原作品の主人公がふたり登場し、現在の姿が描かれている事くらいかな?と思っている。

ひとりは「当選」の主人公・一(ピン)。

クジラが、「本気!」本編のラストで本気を刺したチンピラ・五郎の親分で、脳梗塞を患いリハビリ中の五社谷を見舞いに訪れた際、五社谷のシマの漁師として釣った魚を差し入れに登場する。
「当選」は地方都市の港町を舞台に漁師の一が、漁業組合の漁師達から信用されている事から選挙の時に票を組織票として取り纏め、不正を働く悪徳政治家を落選させたり、なぜか選挙屋と呼ばれる金で当選を請け負う選挙のプロから好かれるなど、一が望まずとも選挙運動に巻き込まれながら、いずれ政治家として立つであろうマンガだったが、物語の前半で終わってしまった。
一は結局政治の道に進まず、漁師を続けているようだ。

もうひとりは「涙星(アース)-チンピラ子守唄-」の主人公・写楽。
「涙星」は、目のまわりに歌舞伎の隈取りのような刺青を入れている、テキヤ系組織の組員・写楽が一夜を過ごした女が置いていった幼女・うたと暮らす事になり、それまでただの乱暴者だった写楽が少しずつうたの父親になっていく物語だった。

街の若者からカツアゲされていたところを(笑)助けられた事でクジラは写楽と知り合い、その後、神社で嫌がる女の子達にしつこく声をかける若者達を注意した写楽が、逆恨みによって無許可で露店を出している事を通報され、駆け付けた警官達に取り囲まれているところを見かける。
写楽の話に耳を貸さず、拳銃まで向ける横暴さに警官に抵抗しようとする写楽だったが、たまたま通りかかった見知らぬ男の一声で素直に逮捕される。


警察から釈放された写楽は、これまでどんな相手にも我を通してきた自分が初めて退いた男の事が気になってしかたない。
クジラがあれが本気だと教えると、写楽はどうしても本気に会いたくなり、本気がよく立っているといわれる赤い橋に通うようになる。
立原あゆみの描く現代ものの主人公は皆同じ時代に生きてるようで、だからこそこういう登場のさせかたが可能なのであろう。

自分は立原あゆみのマンガ、おもしろいと思うものが多いのだが、このマンガについては冒頭に書いたように魅力を感じられなかった。
1巻に付いていた「風組相関図」も人物が多すぎ、前に「本気!」を読んだ事があればおさらいする意味ではいいのかもしれないが、このマンガで初めて「本気!」を知る人にはわかりにくくなるような気がした。
掲載誌が月刊誌だった事もあってこのような描き方をしたのだろうが、「本気!」の番外編ならこれまでの番外編同様、ひとりの人間・クジラを扱った続きものとして描いた方がいい作品になったように思う。
せっかくのコラボなのに残念な作品だった。