明けましておめでとうございます!
今年も稚拙なブログをマイペースに書いていきたいと思っております。

今回読んだのは、昨年の秋に感想を書いた「珈琲店タレーランの事件簿」の続編で全2巻完結。
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小説が続いてるのは知っていたが、マンガ版の続編はないと思っていたら、続いてたんだねえ。
しかも前作を読んだのとあまり変わらない時期に続編を読むとは。
こんな偶然ってあるもんなんだなあ…。

前の事件から一年後。
アオヤマはあれからもタレーランに通っていて、タレーランの女性バリスタ・切間美星との交流を少しずつ深めていた。
アオヤマはただ通うだけでなく、謎解きを得意とする美星をなんとか凹ませようと度々謎掛けを持ってくるがすべて解かれてしまってるようだ。

今回は、頭脳は明晰ながらおとなしい感じの美星と正反対の活発で行動的な妹・美空が登場し、その行動力によって美星やアオヤマを事件に巻き込んでしまう。

美空は大学の夏休みを利用して京都を観光にやって来るが、本当の目的は父親に会う事であった。

美星と美空は幼い頃に父親を亡くし、今の父親は母親がその後に再婚した相手であった。
二人が物心つく前だったので、母親は再婚後、事故の事を隠したが、いつか二人に話そうとその時の新聞記事をとっておいた。

成長した美星と美空はその切り抜きをそれぞれに見つけたが、表と裏に別の記事が書かれていた事から美空が誤認し、今回の事件を引き起こしてしまう。

美星はそれまでも自分が水の中にいて、誰かが手を伸ばしてくれているのにその手を掴めず、そのまま沈んでいく夢を時々見ており、水難事故の記事を見てうっすらとだが記憶と繋がった。

しかし美空の方はもうひとつの、当時売れていた小説の盗作疑惑の記事から、その小説の作者を父親と思い込み探し出した。

小説家は深水栄嗣といい、あの事件で家族も仕事も失い現在は借金取りに追われるような生活をしていた。

そんな深水だったが、自分を探しにきた美空が別れた娘と同じ年頃というのもあり、本当の娘ではないかと美空の身辺を調べたところ、自分の娘ではない事がわかっただけでなく、美空の大おじであるタレーランのオーナーがそれなりの資産家である事を知った。
金に困っていた深水は自分を父親と思い込んでいる美空を誘拐し、タレーランのオーナーに美空と引き換えに身代金を要求する。

深水からのTELを受けた美星は、万一に備えオーナーにお金を用意してもらい、誘拐されてる美空からアオヤマにきた「☀」の絵文字だけのメールが、敢えてアオヤマに送られてきたのは、美空とアオヤマの共通点からわかる居場所のヒントになっていると考え、美空が父親が生きていると思い込んだのは自分が水難事故の事を美空に話してなかったせいだとアオヤマが止めるのも聞かず、警察だけに頼らず自分で美空を助けようと動き出す。

☀の絵文字から美空との共通の趣味である音楽から、「録音」のマークに似ているという事からアオヤマの勤めるカフェ、「ロックオン・カフェ」に監禁されているのではないかとロックオン・カフェに向かうがそこに美空の姿はなかった。
読みが外れ焦るアオヤマだったが、美星によってなんとか落ち着き、冷静になると、美空との数日間の会話の中でもうひとつ録音に関係がある場所があったのを思い出す。
美空と初めて会った時、金閣寺の正式名称が「鹿苑寺」である事を話していたのだ。
再び深水からTELが鳴り、身代金の受け渡しについて指示されるが、美星は僅かな会話の中から深水の犯行が単独である事を確信し、美空がメールを送った状況から美空の居場所が鹿苑寺の名前が確実に見える金閣寺の入口付近である事を見抜く。
深水の裏をかく為、美星とアオヤマは分かれ、美星は深水の指示通りに行動し、アオヤマは深水が金を受け取る為に美空から離れる一瞬の隙をついて美空を無事に助け出し、深水は警察によって逮捕された。


このマンガは推理マンガというより、推理を味付けにした恋愛ものといった方がいいのかもしれない。。
それくらい謎解きについては安っぽい印象を受ける。
美星と美空が実は双子で、

そこから深水が父親でない事を美空に気づかれ、そのまま誘拐するなんてミステリーマンガならあり得ない展開だしね。

今回の話は、美空を登場させた事で美星の家族構成を紹介し、また美星の幼少時に背負った悲しい記憶を書きたかったのだろうが、ストーリーが安直すぎて、父親が自分を助けようとして死んだ事を美空に打ち明けられなかった美星の気持ちがあまり伝わってこなかった。

原作小説を読んでないのでわからないのが、もしその辺りがきちんと書かれていたなら、漫画家の力不足と言わざるをえない。
ただ、ラストシーンの美星のアオヤマにたいする想いの描写は美星らしい感じがよく出てたと思う。

このマンガ、まだしばらく続くようだが、自分としてはもう読まなくてもいいかな、というのが正直な感想である。

小説「ビブリア古書堂の事件手帖」がヒットしてから書店に行くと、このタレーラン以外にも似たようなタイトルの本が結構目につく。
こういう二匹めのドジョウ的な本の出し方たと本当はいいものがあっても飽きた読者には手にも取られず埋もれてしまいそうで残念でならない。
こういった状況、なんとかならないものかねえ。

今回のブログから今迄のガラケーからガラホに買い換え、それで書こうと思ったらほとんどのアプリに対応してない事が発覚、急遽タブレットで書く事に。
アプリなどというものはまったく使った事がなく、これまでのように画像を貼れなくなりそうと不安になり、ブロ友のがしゅんさんに相談したところ、丁寧に教えていただき、なんとかこうして形にできました。
ありがとうございました。