しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん専門看護や緩和ケアの経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


テーマ:

2008年 初冬
化学療法の病棟で<や>お姉さんから受けた
「大人の塗り絵」 福寿草
完成させて<や>お姉さん
に贈りました。

<や>お姉さん
お辛い中、移植入院中ずっとメールをくださって
ありがとうございました
神様のもと、笑顔で過ごされていらっしゃることと
お祈りしております。

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2009年1月 骨髄移植中
ステロイドが入ったら嘔気・倦怠感も癒え、
ハイテンションになりました

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20009年 晩春
画素数の充実したカメラで撮影すれば良かったです
二枚爪にお花のマニュキュア

弱い爪には、化粧品として売っている
「爪を強くするマニキュア」を塗っても害にはならないと
聴いています。
普通のマニキュアもこの通り大丈夫ですが、

「ベース」を塗った方が爪に優しいでしょう

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急性GVHDの皮疹 かゆい

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移植病棟で<ほ>お姉さんから受け継いだ
点滴台に張り付けた ファイティングポーズ
<ほ>お姉さんも間もなく移植後5年

おめでとうございます

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2010年 冬
中学の同級生から頂いたお花
ありがとう
5年の節目もお祝いしてくれてありがとう

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(移植の入院は2009年1月~8月
ブログテーマに示す時期からはちょっとはみ出ました)

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移植の入院中、私は緩和ケアチームの併診を自ら求めた。

「眠って(=鎮静)やり過ごしましょう。」
と移植主治医が言って、私は密かにキレた。
私でさえ頭に浮かぶ薬剤投与も出来ない。
症状コントロールの認識にウトい移植スタッフに驚き、落胆した。

自分の辛い症状を、
看護師の自分が納得いくレベルまで楽にして欲しかった。
緩和ケアチームにしかこれは叶えられないと思った。

戸惑った?雰囲気をまとった様な
緩和ケアの病棟主治医他チームの方々との出会いは、今も鮮明な記憶だ。

施設の特性もあるのだろう、私がお世話になったチームとしては、
移植の病棟からの依頼は初めてだと聞いた。

痛かったから出会えた先生方。
とても支えて頂いたクローバー

その緩和ケアの病棟主治医に再会出来た。
約3年振りになる。
ゆったりとした雰囲気で温かい笑顔で迎えてくださったブーケ1
そうだった、こういう人だった、と思った。

雑談みたいなお話をした。
思いもよらない、心がじんとする様な、
でも、驚き過ぎて笑えるエピソード(今は内緒!)を聞いたブーケ1

しばらくきちんと笑えていない感覚があった。
先生の温かい笑顔に、
あぁこういう笑顔が出来る医療者になりたい、と思った。
そう思えることとこの出会いと、勿論 先生に感謝している。
ありがとうございますクローバー

私には、癒えない痛みとかたい怒りがある。
その代わり、素敵な出会いキラキラがもたらされた。
幸せだクローバー
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画像が荒くてごめんなさい。 生着はday18                                                                         

                                                                               


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移植病院入院中の病棟主治医<ひ>先生ブーケ1が、病院を替わるとのこと。

お会いしてご挨拶したかったが、ギリギリお電話だけ間に合った。

少し前、ブログのテーマ分けでおおよそ読み返して、<ひ>先生ブーケ1の良かった点をすっかり忘れてしまっていたことに気づいた。

痛みを放置されたことで、記憶が占められてしまっていたと気づいた。

母のことで悩む私の話をきちんと聴いてくださり、私がなるべく楽であるように対処して頂いたクローバー

痛みで苦しむ私が言った「鎮痛補助薬」に対し、はっきり分からないとおっしゃった。
私の痛みにキチンと向かわないまま鎮静を促された。
その時は本当にイヤな気持ちになった。

その後、病棟内で緩和ケアチームとの連携をすすんで行なったのは<ひ>先生ブーケ1だと知った。

ムカついたり、怒ったり怒られたり、悲しかったり、笑ったりした移植入院7か月。

<ひ>先生ブーケ1の良さや感謝クローバーを忘れないで、感謝クローバーをお伝え出来て良かった。

「絶対また会いますよ。」
と<ひ>先生ブーケ1がおっしゃった。

益々のご活躍をお祈りしておりますキラキラ

なんだかんだと言っても、不満をブツブツ言っても、自分の担当医ブーケ1とはずっとつながりがあるクローバー

なんだかんだ言っても、いいも??悪いも私は目立つ患者で、どんな形であっても気持ちを寄せて頂いていることに感謝クローバーを新たにした。
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Amebaのお友達,銀狐さんドキドキが、移植の不安や戸惑いを記事になさっていた。

自分の事を思い出してみた。

毎日毎日、時が過ぎるのを待つしかなかった。
今日が終わると、元気までの課題を1つこなせて、また1歩ゴールに近づいたと思って自分を励ました。

泣きもした、怒りもあった、淋しくもあった、身も心も痛かった。
気負けだけは止そうと漠然と思った。
気負けしたら、全てのリスクがつけこんでくるような気がした。

沢山沢山の方々ブーケ1の励ましクローバーがあり、実際には、気負けする瀬戸際に立つようなことはなかった。

激痛に幾度めぐりあっても、39~38℃後半の熱発がベースの1か月間でも、「今だけ今だけ、これが過ぎれば又ゴールに近付くのだから。」 といつも思っていた。
(私の激痛は、おおよそ骨髄移植後には稀だと思う。)

移植自体の経過は良かった。
だから、私が身体の辛さを言っても、全ての医師が「順調です。」としか言わない。
激しい悪寒戦慄の時も「熱上がるんだね。順調ですから。」と言うだけ。
看護師もほぼ「業務≠看護」以上のことはない。(私の価値観)

精神科の主治医に何度も愚痴った。

ある日、「そんなに痛いなら、眠ってやり過ごしましょう。」と病棟主治医<ひ>先生に言われ、私は密かにキレた。

「痛い痛いってうるさいから眠らせよう。」と同じ事。
原始的でお粗末で滑稽過ぎる。

私は、精神科医に、緩和ケアチームに会いたいと言った。
精神科医はチームの一員だった。
「こまめさんのためにも、主治医やこの病棟のためにも、緩和が入った方がいいと思う。僕が上手くやりますので、任せてもらえますか?」と精神科医は言った。

この言葉はとても不思議だった。
後々になって分かった。
その真意は最近になって確信した気がする。

その病棟では緩和ケアチームへの依頼はゼロだった。
習慣や価値観が皆無だったわけだ。

今まで、私の様に痛いとうるさく言う患者は、適切な介入もせず眠らせていたのだろう。
「移植は大変な治療」という患者さんの思いから、疑問を抱く人もいなかったのだろう。

陰で「こまめさんは看護師だから。」とうるさい理由にされていた。

今は緩和ケアチームの介入は定着したらしい。

汚ない汚ない私が言う。
「自分(スタッフ)のデキナサを認め、私に対するケア不足を謝れ。私の言動で学んだと言え。」
これが本当の、汚ない私の苦痛終息のゴール…。
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