しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん看護,緩和ケア病棟の経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


テーマ:
「意思決定支援」を
講義とロールプレイで学びました。

今までなんとなく感性で来てしまった部分が
自分の弱点であると思っています。
又、白血病発病から8年となりましたが、
患者経験と看護師目線は
まだ整理されきれていません。

実践はなかなか難しくとも
シンプルにまとめられたこの講師の方の理論は、
振り返りや意識し易いものであると感じ、
素晴らしいご指南を得ました。

皆様の前で行うロールプレイは緊張しまくりでした
とにかくあがり症なので…
客観的なご指摘を受けたり、
他人から見られている上で
話の展開を意識したりするのは、
自分の傾向を見つめ直すのに痛烈で有意義でした。

自分の今までの意思決定で一番迷ったのは、
絶対的適応ではなかった移植の決断です。

けして万能ではなく命をおとすリスクも高い治療、
白血病はよくなったとしても、
新たな障害を得るに等しいと表現する人もいる治療…。

そこにある自分の課題は、
知識価値観感情手段の中身は
まずまず充足,整理した上での
デメリットとメリットの天秤
どう捉えるかだったと改めて思います。

私の場合、
治療でしんでもしかたないか~と思えるかどうか

「何が起こっても後悔しない覚悟があるなら
移植やってあげます」と言った、
移植主治医の言葉はとても酷でしたが、
一方でそれが看護師でもある私に対する
率直な誠実さだったのかもしれません。

その後、複数のHLAが非常に稀という問題などを加味し直され、
「移植は(どちらかと言えば)推奨する」に変わりました。

化学療法主治医と血内病棟医長は移植推しで、
一人の人として向き合ってくれたり、
患者会を紹介してくれたりしたことが救いでしたが、
看護師は頼りないものだったのが残念に感じていました。

大きな賭けに等しい治療後、
いろいろありましたが、
幸運にも今があります

自分にできること、
この立場上大きなことは出来ませんが、
これからも学べる幸せに感謝しつつ、
地道に目の前のことを取り組んでいきます

私の複数の稀なHLAでも、
一座不一致で標準リスクでいけるだろうとなった
たった一人のバンクのドナーさんが、
積極的に骨髄提供に挑んで頂いたこと、
改めて深く深く感謝しております
本当にありがとうございます


過去記事 '08.12/7 骨髄移植の決断
過去記事 '11.3/29 私のドナーさん
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テーマ:
今更がら、
どうサポートできるのか向き合っています。

私は子も夫もいないので、
ぞういう家族がいる方々の
本当のところの痛みは、
根っこから想像するしかありません。

白血病骨髄移植後サバイバーとしては、
卵巣機能不全になって、
当時39歳の自分では全く想像もしなかった、
子どもということに対する
拒絶反応の様な
激烈ともいえる苦痛があった時期がありました。

ですので、
こういうサポートは大切だと思いながらも
目を反らしていましたが、
看護師として対応できる知識や技術は
習得しなければならない現実となりました。

自分の何がどうなって
自分の激烈苦痛を乗り越えられたのか
分かりませんが、
今向き合えることに
幸せと感謝の気持ちを感じています。

自分のベスト・ベターを尽くしたいと思います。

患者さん,ご家族の皆様の迷い、
私他医療者の迷いに、
寄り添い、
具体的な導きを与えて頂けるHPです
Hope Tree(ホープツリー)
~パパやママががんになったら~

http://www.hope-tree.jp/member/think/?ca=1
http://www.hope-tree.jp/link/

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「仕事のこと(訊く)ってそんなに大事と、
ストレートに私に言って来た
私の直属の師長さん。

 
一気に疲労つのる
胸がきりきりする
片頭痛くる~
 
個人差はあるでしょうけれど、
外科「頭」だと、こういう感じは普通ですか
 
認定さんとか専門さんとか、
トピックも十分学ぶんではないのでしょうか
というか、
今ほど深くはなくとも
昔から基本的なことだと思っていましたが…。
 
今の職場は500床規模の
都道府県レベル指定のがん拠点病院ですが、
こんなものなのでしょうか…
 
患者さん・ご家族の全体像がわからない。
カルテに記されていないことが多い。
やってることがばらばらに見える。
 
お仕事~経済的痛みに関する
院内で提供される情報(掲示物・配布物)が(かなり少)ない。
自分は恵まれていたので
ここの患者さんが気の毒に感じる
 
がん拠点病院、前職でもオープンになっている、
患者さんにシェアしたい
今や基本的情報を話してみましたが…
私だったらメモをとって自ら確認しますが、
「HPじゃ分からないからビラ持ってきて~。」と。

 
私は、仕事のことも経済的痛みの有無も、
必要に応じて柔らかくした会話の中で確認します。
 
そこから様々なお話に展開があり、
ご家族への思いや
お気持ちの吐露や
生きざまを語ることにもつながることがあります。
 
「ケモ室は患者さんの話を聴くところじゃなくて、
看護師が患者さんに色々教える,話すところでしょ。」

正直、ビックリ
真意は察しますが、
これからもバカなままで
患者さんには出来る限りお話を聴きます。
 
なぜなら、
外来ケモ期間に何を考え、
いかに質良く過ごすかが、
終末期もしくはグリーフにも大きな影響があるからです。
再発・進行がんの方々にとって貴重な貴重な時間だからです。
 
オペ後補助療法の方々にとっては、
道に迷わないよう見守る大切な場所だからです。


これは看護の視点ではないのでしょうか
 
まずお聴きしなければ、
その方にとっての
ケアもサポートも何も始まらない。


今回私が感じたことが
今のスタンダードなら、
患者さんが自分自身を見つめられる、
その感覚を取り戻す
場所やきっかけは、
もう「病院」にはないし、
期待も出来ないと言う
最近よく私に聞こえる声の意味が
痛感・実感出来たんだな
と思うことにしました。

とても悲しい。

…それでも、
ひとりよがりにはならないよう気をつけます。
 
「がん治療と仕事の両立」(視点・論点)
 | 視点・論点 | NHK 解説委員室 | 解説アーカイブス
 
 
 
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小林麻央さんの闘病の報道後、
海老蔵さんの会見があり、
胸がきりきりと痛んでおります。

海老蔵さんが
妻の苦しさは「はかりしれない」とおっしゃられていたのが
特に胸に響きました。

同様のお立場にいるご家族にとっては、
力にもなる海老蔵さんのお姿ではなかっただろうか
と感じています。

私が入院闘病中~自宅療養中も、
幼い子どもがいる
きびしい病状のお母さん患者さん方が
周りに複数いらっしゃいました。

私が再発もなく生き続けていられることに、
今よりも大きな罪悪感があった時期がありました。

「こまめには役割が残っているんだよ。」という
励ましを友人から頂いたこともありましたが、
先に逝った方々の方が
どうみても役割は大きかったと思っています。

麻央さんの全快はもちろん祈っていますが、
そんなことを想う日となりました。

こんな仕事をしていて、
白血病サバイバーであって、
ちょっと油断すると
「分かった気」になってしまう部分がありますが、
ツールとしては生かしつつも、
安易にこういった楽をせず、
「はかりしれない」ということを忘れずに、
出来る限り丁寧に
看護をすすめていきたいと思い直しています。


そして、
この時期は
私にとって
とてもとても大切な同志たちが
天国に召された、
祈り深く
身を正す時です。


自分軸ではないサポートやケアを

転んでもただでは起きない

一症例として生ききる




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奨学金返済が出来ずに
自己破産している方々が増えているとか
奨学金制度が危うくなっているとか
海外と比較して
そもそも日本は若者に投資できていない国だとか
そんなことを目にしました

それで感じた個人的な思いです

私の両親は
その両親から時代の波もあってずっとずっと貧乏で、
私も貧乏でした。

少しお金を得れば、
下の下で生活してきたから、
標準の中の下でも満足して
これまで叶わなかった自分の欲求のまま
散財する
そんなことを感じる父でした。

高校は公立しか行かせない、行かせられない。
なぜか頭はまあまあいいのだから、
上なんか目指さずに確実に入れるところに行けばいい。
商業高校行って銀行員になればいい(昔の田舎の人間の一考)。
オンナに学は要らないと言った母

貧乏人は、貧乏人として育った環境で
うちの場合はそれに加え
閉ざされたような狭い視野での
考え方しかできないと
両親に感じるようになりました。

中学までは結構勉強は出来ていました。
住区の環境的な刺激もあり、
子供ながらに上を目指したいと感じ、
親の冷やかな目と全くの非協力の中
高校受験は頑張り通しました

公立の進学校に行きましたが、
その時点で大学進学は
経済的に殆ど無理だと思っていました。

当然のように私立大学進学とか浪人とか
夏休みにはオーストラリアに短期留学とか、
ブランド品を持つとか、
学区的に家持ち,金持ちの裕福な方々が多いと知り、
ちょっとした羨ましさもあり、
高校ではなんだかなじめず辛かった時期がありました。

中学生の時のいじめがきっかけで、
看護師の道を考えていました。

父の大腸がん発症~終末期ということも重なり、
大学は全くの論外になりました。
学年で看護学校(公立です)に行ったのは私一人だけでした。

高校時からアルバイトもしましたが
看護学校では育英会から奨学金をお借りしました。

すぐには完済できませんでしたが、
義務は果たしました。

看護学校から看護師になり、
その後しばらくして大学に進学する方々もいました。

白血病自宅療養中、
何か他に資格をとれないかと調べましたが、
お金もなかったですが、
大卒と専門卒では開かれる道が大きく違うことを
改めて実感し、
今更ながら、キャリアを十分に考えてこなかったことを
大きく後悔し、単なる大卒の意味を改めて知りました。

借りたものは返すのが当たり前。
先々の見通しやゲンジツを甘くみていないか。
高校から大学に行って何をしたいのか。

時代が経済的にも
大きく変わってきていることは分かります。

一方で、
手をちとのばせば簡単にすぐに手に入るものばかり。
そんな感覚があらゆる場面で
きっと昔より普通になっている。


があって一生懸命親子でがんばっていても
どうにもならない大変な方々はいらっしゃると思います。

でも、簡単に簡単な自己破産を
選んでいる方々もいるのではなかろうかと思うのです。
簡単に返済しないということを選びいれている方々も
いるのではなかろうかと思うのです。

環境が国レベルで変わることも大切だとは思います。

でも、おかれた環境で自分のベスト・ベターを考えることが
やはり必要ではないのかなと思います。
現実を生きるということです。

残念かもしれませんが、
やりたいことと、
頑張ってがんばっても可能な範囲は違う現実
があると私は思っています。

そんなような中で、
選んだ希望には、(ある程度)覚悟することが
何より大切ではないのかなと思います。

小学5年生~専門学校1年まで友人だった、
家族に事情あり収入はあっても散財が上回り
結果貧乏だったあの彼女。

結局は見栄えや流行りを気にして、
優秀ではない程度の私立短大に進学し、
学費も大変なのに服装やおつきあいを重視し、
私の奨学金&アルバイト代&地味な生活でのお金を
私をダサいと言いながらも
毎月貸してと言ってきた彼女。
思い出します。

貧乏なのは自己責任といいきる人がいます。
そもそも生まれてきた環境もよく
全く本当には困窮した経験はない人。
病気したってお金には当然本当には困らない、
意識さえ不必要。
外車に乗って
ちょっと上手くいかないと貧乏と表現する。
そういう方には、貧乏人としてちょっとむかつきますね
見えているものが違うだけなんですけどね

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