しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん看護,緩和ケア病棟の経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


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初10マイル:16.09km
なんとか完走できました
ほぼ全コースと言える強い向かい風の中、
今の自分の精一杯です

熊本にも祈りを込めて走りました

広がるれんこん畑や蛙の声に癒され、
若い方々の「ファイト」で高校時代を思い出し、
自分に子がいれば同世代だろう
彼らとのハイタッチ
に励みを頂きました

今回も骨髄バンクのたすき
オリジナル移植後サバイバーTシャツで走りましたが、
これに関するエピソードは今回はありませんでした。
とりあえずどなたかの目に留まって頂ければ十分です

目標と掲げたハーフを走るには、
筋トレが必須だと実感し直しました。

何事も基本を整えておくことが大切だなと、
しみじみ教訓を感じました

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現職場の不十分な環境が起因で、
先週木曜日に腰を痛めました。
8年くらい振りの感覚麻痺(一時的でしたが)を伴う
ひどい腰痛でした。

普段からお世話になっている
鍼灸師研修施設の先生
土曜日にとても親身になって治療をしてくださり、
+鎮痛剤のケアで(胃腸障害出つつも
)
出走できました。

「今まで積み重ねてきたんだから走らせてあげたい…。」
とつぶやかれていたのを聞いて、
そのお気持ち
本当に大変ありがたく感謝感謝です

支えを感じると、支えがあると、
幸せも感じるし、心身に余裕が生まれる…活力にもなる…。

私の看護の考えにも通じたものです

今日は、もともとお仕事はお休みを頂いていました。

おそらく現職場の師長さんからもらった
酷い咽頭痛とMax38.2℃の発熱の療養日となりました



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昨晩の熊本地震で被災された方々に
心よりお見舞い申し上げます。

熊本県玉名市には、
私が24歳の時に出会った
今も心に大きく存在する
尊敬する医師がいます。

先生と先生のご家族の無事と、
現状以上に被害が拡大せず、
一刻も早い日常の回復をお祈りしております。

東日本大震災で、
病と共に生きる人々にとって大切なことが
あらゆるところでまとめらて来たようです。

私のface bookでは、お友達が色々投稿してくださって、
その視点と行動が素晴らしいと思いました。

もう、いつどこで震災に会ってもおかしくない状況で、
皆が備えていなければならない時代になったと思います。

大規模災害発生から72時間は、
自助(セルフレスキュー)として備えが重要だそうです。

移植後患者としては、少なくとも、
お薬+水 マスク 手指消毒物品 は命ですよね。
数日分の予備はいつでも整えておきたいものです。

身一つで避難することもあるでしょう。
慢性疾患の方々は、常用薬の名前や身体状況を
説明できる備えも重要だと思います。

敬愛してやまないSさまより情報を頂きましたので、
この場を借りて一部シェアさせて頂きます。
ありがとうございます。

がん情報サービス 大規模災害に対する備え
http://ganjoho.jp/public/support/brochure/disaster_care_manual.html
プリントアウトして持っていたいところです。

糖尿病ネットワーク 災害に備えて
http://www.dm-net.co.jp/saigai/

日本透析医会災害時情報
https://www.saigai-touseki.net/

それと、
文字情報が得られやすい時代となりましたが、
何もない現場では、音声言語だけで
情報のやりとりがされることも多いと思います。

聴こえに障がいのある方々が情報に取り残されないように、
情報のシェアを心がけて頂きたいです。
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ある消化器がん専門医が展開している
サロン型のお勉強会に参加し、
告知を受けた時の自分を振り返る機会を得ました。

2008年年明けから何だか体調がおかしくて、
少ない項目の職員健診では異常なく、
それまで繰り返されていた鬱悪化にしては
食事が入らないにも程があり、体重減少もありました。

その前から、微熱も続いていました。

2008年3月21日
振り返ればそうだよなと分かる
白血病による初めての腰部骨痛の発作(激痛)に襲われました。

3月28日
激しい心窩部痛と38.8℃の発熱があり、
夜中に近所の大学病院で救急診療を受け、
採血でLDHが2064(正常値:142~246)で
腹部~骨盤内造影CTを撮影しました。
異常は認めませんでした。

翌日再診後、急性胃腸炎疑いで入院しました。
心配症の母には伝えず、
自分独りで6日間の入院生活を過ごしました。

LDHは513まで下降、消化器症状も回復し退院しました。
タクシーで病院から自宅まで帰りました。
桜の花の時期、
目の前を流れていく桜の木々
来年はいい桜を見るぞ~と思いました。

ここからLDH高値の原因追究の旅が始まりました。

LDHのアイソザイムを調べましたが、
血液疾患に特定できるデータは見られませんでした。
芽球も5月14日まで出ませんでした。

その間も、繰り返し襲ってくる骨痛に翻弄されていました。
腰痛~右膝~左膝~左右肘~後頸部~前額部と、
骨痛は広がりました。

自分で考えて色々な科を回って、
4月26日に血液内科にたどり着いても、
医師も私もマルクは積極的に考えませんでした。

そういった中、
2008年5月15日 この大学病院から紹介先病院の初診時、
たまたま処置用ベッド空いていたから当日に行った
マルク(骨髄穿刺)がDry tap で、
種類はまだ分からないが白血病だからと
緊急入院になりました。

まず連絡したのは勤務先でした。
病院玄関を出た所で、
涙をこらえながら電話した時の
あの青い空
今も鮮明に目に浮かぶ景色の一つです。

でも、ほっとしました。
訳の分からなかった痛みにもう一人で向き合わなくていいし、
ようやく治療段階に入れる。

激しい症状が出てから約2か月、
どうやら今回は「自力では逃れられないもの」に襲われたようだと
徐々に感じていました。

後は敷かれたレールの上を進むだけだ。
自分で探ったり、自分で工夫したりしなくていい。

本当にいい意味で諦められた感覚がありました。

がん告知 から自分を取り戻せる段階に入るまでは
約2週間を要する
…と学んでいたので、
落ち込みは仕方ないと思っていましたが、
理屈じゃないんですよね…。

ぼーっとした中、
化学療法に向けた準備に時間単位で追われましたが、
忙しくてよかったのかもしれません。

いつか、比較的早いうちに、がんになるとは思っていました。
それが父(大腸がん:享年48)より早い38歳という年齢で、
しかも白血病とは全く想像していませんでした。
どうしてというのは、この部分で感じましたが、
考えたところでどうにもならないことも分かっていました。

7人部屋でお姉さま方に囲まれた
入院闘病の日々が心地よかったのが
私の救いだったと思います

ここからすでにピアサポートを受けていたんですね…。

ここからすでに症状コントロールというものを考える様に…
と示されていたのかも…。


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今年の桜私のランニングコースにて













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