しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん専門看護や緩和ケアの経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


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おかげさまで
某病院化学療法室パート勤務(週4日6時間/日)
に変わって1か月経とうとしています

これから、ちょっとずつ患者さんに接していけるようです

「指導はしようとしなくていいから。
 確実に薬剤投与だけできればそれでいいから。」
「指導は私たち(主任看護師さんとがん専門看護師さん)がするから、
 (患者さんに)何か言われたら私たちに言って。」

前職では、
「患者さんと話さないで。」
「がん患者さんは、ちょっとしたことで気持ちに影響するから、
 私が指示したこと以外話したり何かしたりしないで。」
と言われていたから、
それよりはいいかな…。

いずれにせよ、
こんな私としては
なんだろ、複雑な気持ちです。

それが指す意味やそこにあるものは、
患者として看護師として分かります。

言葉のあげあしとりになりますが、
指導…教え導くこと
って感じは違和感があります。

やっぱり、
この場合は、
私としては、
サポートとかケアとかがしっくりくる

指導しなくていいから
指導しようとしなくていいから

何回も言われたから、
不毛な神経質さで満たされている私は、
なんだかもやもや…。

「患者教育」といったことが大切な一面は、
もちろん分かっていますが…。

この場では、良い意味としても、上から目線みたいにはなれない。
もしかしたら、責任逃れの気持ち…

私は<指導>をする気は全くありません。

こんな私が考える,できる
ここで可能な
ここで展開できる
ここで醸し出せる
サポートとかケアとかって…

まずはしっかりここでの流れやここでの慣習や
ここでのスタッフ(がどんな人かもうちょっと掴んで)に慣れて、

お薬投与が
スムーズに安全に確実に出来る様になってからが
私の本当のスタートだなと
今この瞬間に思い直しました。
当たり前か

…気持ちが整理できた
徒然にお付き合い頂いてありがとうございました


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ある方への私のメッセージより

私は、立場を逆転して
視点を変えて
自分自身を見つめることも大切だと思っています。

きつい言葉になるかもしてませんが、
自分にも課していることですが、
権利を主張する前に義務は果たさないとならないですね。

年齢や身体のことは、
どうしてもハンデに見られ易いことです。
こういった個人的なことは、
看護と言う責務を全うするには、
基本的に影響してはならないことだと思っています。

限界を見据えながらも努力と共に工夫して、
こういったハンデを
強みとか個性とかにしていきたいと思っています。

「やっぱり年齢がいってるからだめね。」
「やっぱり病気だからだめだったね。」
と言われるのは悔しいですよね。

分かって欲しい気持ちは、
手に取る様に身に沁みて感じます。

その前に、
相手や環境が自分に望んでいることや
果たして欲しいことを
受け入れないとならないと思っています。
こういった視点、いかがでしょうか。

私は、ご存じの通り今月から、
週4日6時間の化学療法室でのパート勤務になりました。

初めから、良いも悪いも「コノ人大丈夫カシラ」
と言った目で見て頂き、
あちらの事情もあって
患者さんと接する段階のお仕事を教えて頂く計画が
スローに変わり、
しばらくは前投薬やラインの準備だけになりました。

日々率直な驚きや小さい細かい疑問や心の揺れがあり、
今はやはり言えずに+言わない方がいい我慢の時で、
時に悔しく感じる一面もありますが、
望まれた責務を果たすラインを越えた先に、
自分が理解され、
経験が生きた視点がシェアできると思ってみています。

やみくもに頑張ったプロセスより、
結果しか評価されない部分は大きい世界です。

お互いにハンデが強みになるよう、
工夫しながら頑張って成果をあげていきましょう
今に見てろよです
…言葉がらんぼうですが、そんなような気持ちで

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前回の大会出場から2週間。

この大会の完走メダルが欲しくてエントリーして、
当選したので出場しました。

仕事変わって腰痛出て、
やっぱり日々疲れて、
殆ど練習できなかったので
苦しい10kmでした

なんとかかんとか
1時間5分で完走出来ました

練習はうそつかない。
日々の積み重ねは嘘つかない。

無理しないでまたがんばります

「骨髄バンクがんばれ~
と応援してくださった大会ボランティアの方々
特にありがとうございました

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某病院化学療法室に転職して10回の勤務が過ぎました。

看護師人生色々変わってきましたが、
所変われば…目につく鼻につく…
新鮮な大小さまざまな驚きは
尽きないものだなと感じます。

私の今の一番の気がかりは、
L-OHP(オキサリプラチン)の
血管痛~急性末梢神経障害のケアについてです。

かなり苦痛が強い方と接して、率直に驚きました。
あんな苦痛が
時間~数日単位で毎回来たらたまらないだろうな、
と胸がいっぱいになります。

自分のケモ中のMTX(メソトレキセート)髄注時電撃痛
必死に耐えた約40分×数回、
移植後同じ髄注をして全く痛くなく、
薬剤濃度やpHを考慮すること、
なんかを思い出しました。

辛かったらレジメン変えるしかないから
と主任看護師さんは言いましたが、
今は滴下中~2日間に限られた苦痛を、
もう少し安楽に過ごして
治療を全うするケアは無いのかと、
ケモ再新人看護師の目線では思います。

色々調べてみましたが、
実際のところ何がどういいのか分かりません…。
教えてください

痛み・辛さは、
経験したことがない人にとっては
所詮他人事で(当然ながら)、
とことん症状コントロールをつきつめる「感情」
なかなかわかないことを感じ直しています。
看護師としてはプロのケアをするだけですが…。

まだまだ雑用的なことしか出来ませんが、
おそらく夏くらいまでには
基本的なことは出来ているはずで、
そこからちょびちょび
自分の色が出していけそうな環境を得て、
職場を変わってよかったなと思っています

転んでもただでは起きないと、
どうせ今はパートでしか働けないならそれをチャンスにと…
わざわざ病院,病院を選び一時勤務し、

病院は冷たい応対で落ち、
病院の面接内容には納得行かず採用を辞退し、

病院に行ったら人間ドックから逃れられない日々になり…
とアルバイト・パートを重ね、
今が一番心にしっくりきている気がします

あ、主任さんはちと怖いんですけど

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FBにて
ある腫瘍内科医の方の投稿への
以下、私のコメントです。
※PCU : Palliative Care Unit  緩和ケア病棟

約20年前にPCUに勤務しておりました。
当時「死の受容」が目標になっていたように捉えていますが、
それがどういう状態なのか
自分で分かりませんでした。

当時の私は整理出来ませんでしたが、
乱暴に言えば
「死にたくないと思いながら死んで何がわるい」
と言う思いでした。

改めて振り返ると、
死にたくない思いと
悔い少なく生ききるための言動は
共存していてもおかしくない、
と思っていたのだと思います。

当時ご一緒に勤務させて頂いていた
ある精神腫瘍科の方の、
こういうテーマのお話を
数年前に拝聴し、
私のこの20年前の違和感に共感して頂いた時、
胸が熱くなると共に安堵しました。

昔より「死の受容」を強要しない医師が
増えて来たように感じています。

死の恐怖に囚われ過ぎて
大切な今この時の時間や生活の質が保たれない状態
が続かないようなケアを心がけたいですし、
そう生きたいと思っています。

私はとりあえず病の大波を越えましたが、
私の人生において今が一番死が怖いです。

この思いも看護のツール
(どなたかの役にたつこと)にする、
自分も穏やかになれる方法だと思っています。

当時の医師・看護師の皆様に
こういうお話を改めてお聴きしたいですし、
病を得たら意識が変わったのかみたいなことも
先々シェアして頂けたら有難いなと思っています。

語ってしまって失礼致しました。

過去の関連投稿
'13.2/23 あなたより教えて頂いたこと④-後
'12.5/7 よき死とは?~がんサポートより

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