しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん専門看護や緩和ケアの経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


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例えば10kmのマラソン大会で、
「移植者枠」を設定しているところがあります。

私は、移植後3年半の2012年夏から走り始めました。
同志(患者仲間)の情報から、「移植者枠」を知りました。

造血幹細胞移植者には
まだ十分には知られていないようですね。

こういう目標や希望を持つことも
毎日に彩りが増えるような
ステキなことではないでしょうか。

3度目の正直でようやく当選し出場できました

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このところ体調に余裕が無く、
練習不足でしたが、
先にお空にいらっしゃる方々をはじめ
私の周りの皆様と沿道の皆様の応援に支えられ、
遅いなりに自己ベストを更新できました

感謝です
ありがとうございます

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完走メダルと某HPで作ったTシャツ




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あるサイトでの私のコメントより編集・追加して記載

私は血液がん・移植後5年より、
体力・気力的に常勤は無理なので
アルバイト~パート勤務をしています。

再入職に関しては、
面接時の病気の告げ方から私も様々悩みましたし、
心無いと落ち込むような言葉も上司や同僚から頂きました。

病気や体調について配慮出来ますというお話だったとしても、
実際はそうなりませんでした。
そのため、1年の間に2回病院を替わっています。
でも、相手の立場から自分を見たら、仕方ない
と思うようになりました。

医療職ではない一般職でも、
がん患者の社員への配慮は、
まだまだ難しい一面がある現実を感じています。

近年「がんと就労」が注目され、
シンポジウムなども行われていますが、
医療の現場はその特色から、
病を持つ職員への(手厚い・細かな)サポートは
なかなか難しいと思うようになりました。

患者さんあってのお仕事ですし、
管理職は忙しい現場での
他スタッフとの平等性などを考えても、
例えば「完全な味方みたいなカンジ」には
なれないと思っています。

状態にもよりますが、
病があっても、
正社員で働き続けられる社会になったらいいなと
思います。

一方、自分の果たせる責務の状態に
合わせた働き方を選ぶのも、
雇用先・自分自身の双方にとって
大切な一面なのではないかと思っています。

病院でも、現場の詳細を知らない管理職ばかりです。
配属は身体の状態に合わせて考慮したとか言っていても、
実際は、当然人員不足の部署…
改善されていない問題があって
万年人員不足のような忙しい部署に当てられることが
実際だと私は感じました。

ちなみに、
闘病経験から
患者さんにより近い看護が提供できるという一面は、
基本的な責務を果たせてこそ
現場でようやく注目される部分であり、
必ずしも優先される様な、
揺るがないウリの様にはならないですし、
正直(ちょっと)面倒だというのが先立つのが現実だと、
私は個人的に感じています。

私の今の職場でも、
私の病気のことは看護部長と外来師長しか知りません。
スタッフは知りませんし、
知らせることは奨励されていません。

がん患者スタッフの存在が、
例えば、
現場スタッフ全体で使える
優位な特色ある
一つの看護のツールになる環境は整っていません。

それでも、
個性として、
自分の最強ツールとして、
必要時もしくは一瞬一瞬で
生かせるようでありたいと思います。




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最近の私のブログ記事は、
自分のfacebookの投稿を編集したものが殆どです。

facebookの投稿で頂いたコメントのお返しを載せます。


客観的なポイントが
誰の目から見てもはっきりしていれば、
申請も受給もスムーズだと思います。
私は、そう言った意味ではハンパに経過が良かったので、
困難になってしまったかもしれません。

血液がんに関しては、
血液データ,免疫状態,脾腫の有無,輸血の回数など
がポイントになるようですが、
その規定にやや外れていても生活の支障はある訳で、
そこをいかにアプローチするかが
もう一つのポイントになる様です。

私の移植主治医は、
日本を代表する造血幹細胞移植医と言える方です。
私の果てしない苦痛にて、
こういう方にこの結果が伝えられ、
大切なことを知って頂けるだろうことは本当に安堵です。


周りの同志の申請はスムーズにいっているのに、
私には様々な障壁があり大きな悲しみがありました。
自分の非や廻り合わせの悪運を振り返り、
下手なりに対策を考え実行して来ましたが、
傷は増えるばかりでした。

受給は困難だと分かっていたので、
申請を成し遂げることがゴールでした。

医療者の無知や誤った対応で、
経済的苦痛の軽減の可能性が奪われる事実を
どうしても見直して頂きたかった。

血液がんの障害年金の難しい一面を、
一症例として申請をもって提示したかった。

これらが、受給と言う結果で説得力が増したこと、
本当に嬉しいです。
トラウマはしばらく消えそうにありませんが、
様々な勉強が出来て良かったです。


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お陰様で障害年金3級の受給権を獲得出来ました
まだ実感に乏しい一方で、身体の芯が震えています。

親身にサポートしてくださった皆様
ありがとうございました

語りつくせない思いがあります。

申請不可とする移植主治医と、
今一つ協力的ではない
移植後フォローアップ外来看護師・MSW・
相談支援センタートップが敵」の様になってしまい
とても消耗しました

誤った情報提供と嘘
それで患者の私が傷ついたことへの
謝罪もしくは反省の言葉が全く無かったことは、
大昔元職員・一看護師として、
とても悲しく残念に感じました

年金事務所の職員らには
「あんたのどこが白血病なのよ!色が白いだけじゃない!
二本脚で歩いて来てどこが障害なのよ!言ってみなさいよ!」
「申請のための診断書が合計6万円位かかる(←誤り)から
申請しない方がいいんじゃないですか。」
と言われ、恐怖と悔しさに心身が沈みました。

心身症になるくらい何年も辛かったですが、
頑張って本当に良かったです

時にやけになり、捨て身みたいになりました。

厚労省の「国民の声」にも投稿しましたし、
年金ダイアルにはもちろん、
無料の障害年金の電話相談なども含め、
話せると感じたらところ構わず、
白血病・骨髄移植一患者の現実をわざと語りました
とてもヘンな病んだ人になっていたと思います。

某×2か所のがん電話相談員の方々には、
私の戦い
や葛藤を評価・説教されてしまい、
看護師として色々考えさせられました。

私が受給権を得たことで、
移植病院の関係者の皆様には、
ご自身の責務というものを見直して頂けると信じています


そして、受給されるべき方々にきちんとお金が届くことを、
これからも心から祈り続けます

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おかげさまで
非血縁者間造血幹細胞移植後丸6年を迎えました
いわゆるセカンド・バースデー6歳です
ありがとうございます

画像は、移植後7か月,退院前夜、
病棟主治医(レジデント)と一緒に撮影させて頂いたもの

当時痛みに苦しんだ私は、
くもの糸にすがる気持ちで
緩和ケア併診を希望しました。

その後、移植の病棟に、
当時の緩和ケアチームの介入を標準化する事を
この病棟主治医にご尽力頂いたと聞きました。
感謝しています

長期入院中、
約半年ぶりに外の空気を吸った時感無量になり、
眺めた青空は忘れられない景色の一つです

それが、いつの間にか、
感無量のラインがどんどん贅沢になって来たように思います。
自然なことなのかもしれませんが…。

周りの同志たちが次々再発し、天に召され、
再発無く生きている私は
大きな罪悪感にのまれた時期がありました。

勝手な思いですが、
そういったグリーフの中、
数々の無念に接した中、
生き残った者としてよりよく生きる覚悟を持って歩むのは、
責務のように感じています。
でも、その大きさに時々潰されそうになります

私がお世話になったドナーさん・医療者の方々・
先輩・友人・ブログを含めた同志(患者仲間)は、
私が笑顔で元気に生きることを、
一番に願ってくださっていることでしょう

そして、「可能ならば」がんサバイバー看護師としての活躍をと、
思ってくださっていることでしょう

パート先の人間ドッグの診察(結果説明)時、
例えば画像上の異常での精査や
便潜血陽性の二次検査であるCF(大腸内視鏡)の説明時、
もしかすると「がんサバイバーの道のりの始まり」に
なるかもしれないと考えてしまいます。

限られた時間の中、
なるべく小さな気持ちの波で済むよう、
心掛けるくらいしか今は出来ません。

私は現在45歳ですが、
白血病を発症した38歳から時が止まった感覚があります。

紆余曲折ジプシー化したシングルおばちゃんナースにとって、
キャリア形成・生活の安定・将来の備えの時期として
大切な6年間を、
病と共に過ごすことになったよな~と感じています。

又、父が大腸がんを発症した年齢になります。
48歳で亡くなりましたが、改めて考えさせられる思いがあります。

抱えている思いに揺れまくっていますが、
一方で幸せなことだと思っています
少しずつ自分のケア・サポートに生きることを静かに信じています。

主治医の皆様には感謝しています
私の移植主治医は移植一本で進んできた方で、
患者さんを生かすことに一生懸命な方です。
造血細胞移植学会で主治医の活躍を感じました

仮に、生き続ける者の苦痛はなかなか考えれられないとしても、
今は仕方無いと思っています。
いつか私の表現したことは届くと信じています

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