しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん専門看護や緩和ケアの経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


テーマ:


今月は、自分の支えや癒しになった音楽の動画をはさみました。
まだ幾つかありますが、何かの機会に合わせて載せたいと思っております。

2012年、半分終わります。
今春には何か生産性のあることをしたいと考えていましたが、
叶えられませんでした。

お勉強会や患者会にはぽつぽつ参加しています
少し手話も復活です。
カウンセリング講座の続き、細々受けています。

抗がん剤オンコビンによる
末梢神経障害の足の痺れ~痛みには、
トリプタノール60mg(20から開始でアップ)と牛車腎気丸内服中。
ゼロにはなりませんが、前より動き易くなりました。

免疫抑制剤プログラフは、
その副作用かもしれない高血圧のため、減量中…1.2mg/日
今後、降圧剤内服するかも…。
皮膚のGVHD、バストラインから上の前後と腕、顔、頭皮にあり。
↑日光に過敏です。

血液データはほぼ正常。

2012年後半、がんばりましょう

AD
いいね!した人  |  コメント(2)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:


「外見の悩みは社会との接点の悩み」
患者さんをケアさせて頂く者は、しっかり認識しておく必要を感じている。
実際、ここまで考えられている看護師や医師はいるだろうか。(自分も含む)
始めから8分20秒あたりまでは、是非ご覧になって頂きたい。

このお話からはちょっとずれる。

私の最後の職場は地域の総合病院の外来だった。
ある日、上部消化管内視鏡(胃カメラ)の前処置係の時。
ストレッチャーに乗って、両手にミトン(大きな鍋つかみみたいな手袋)を付けた
ご高齢の女性患者さんが到着。

…両眼 眼脂(目やに)で開眼困難
…両鼻孔 ハナクソたっぷり
…口腔 歯垢++ 舌苔(舌の汚れ)+++
声をかけても明確な返答無し。

このままでは胃カメラどころではない。
声をかけながら、上記全てのケアをした。
その患者さん「ありがとう…。」と自らおっしゃった。
にっこり微笑も頂いた。
以降会話まずまずスムーズ、指示動作もOK

ご高齢の方々の施設で、ボランティアでのメイクで、
生き生きした表情を取り戻したり
認知症の症状が緩和されたりするのをテレビで見ていた。
それを思い出した。

身だしなみを整える。
入院生活において辛いと、患者さん自らもそれを忘れていく…。
「○○○○さん」が「患者さんだけ」になってしまう…。

この病院において、このようなことは珍しくなかった。
自分の親も自分もこんなことになるのだろうか…。

おむつの中に大便が多量、両大腿部にも広がっている状態で、
病棟から検査室に案内される。
大便の一部が乾燥しているから、移動中の排泄ではない。

尿のカテーテルからのバック、2000mlパンパンに入ったまま。

どんなに寒くても車椅子の患者さんに膝掛けも防寒も無し。
大腸内視鏡の検査で紙パンツでも。

髪もボサボサのまま。
胸元がはだけ気味でも整えない。
…自分の看護学校の実習中でもありえない。
こんなレベル日常茶飯事。

患者さんを人と思っていない。
社会性を奪っている医療者。

これでは、この動画のことは程遠い。
悩むこともできない。
そんな悲しみを思い出していた。





AD
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:


私の誕生日とテツさんの命日がある今月も終わる。
病気からとりあえず元気になると、時間が経つのがより早く感じる~。

気に入った曲を予め幾つか下書き保存していた。
何かkeyにして記事を書いていたが、とうとう行き詰り
蒸しますが、元気出しましょうということで

元上司はさすがで私の思いを感じて頂いたようだ
そんな簡単に考えてしたことじゃない。

ドナーさんから頂いた命、時間、
つまらないしがらみや感情には使いたくない。
弱い私もいるけど。

「病からの解放」
そんな時なんてあるのかな。悪い意味ではなくて。
よく言われる「がんとの共存」
意識から消えることも、身体が元通りに(近い状態に)なっても、
やっぱり心のどこかに存在している。

それは、悲しみだけではなくて、
これから生きていくための新たな希望を作り出す。
と、何とか アゲイン2 につなげてみた

天に召された方々から見たら、何言ってるんだと言われそう
今たまたま生きていられるからそう思える、
ということは重々分かっているつもりです

AD
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~-ファイル0062.jpg

ヒヨコ順番が前後しますが、私が元上司に今回始めに送ったメールです。

お疲れさまです。
先日、~で○先生と少しだけお話できました。
<元上司> が退職なさると伺いました。
長い間お疲れさまでした。

直接お礼を申し上げることが出来ず残念です。

私の移植は絶対的適応ではありませんでした。
〈化学療法の病院〉でも 〈移植病院〉でも
意見は分かれたようです。

沢山数字集めをしましたが決められません。

決め手になったのは、〈化学療法〉の主治医の熱意の他、
〈元上司〉に「できる限りの治療をしてください」とお手紙を頂いたこと、
〈ひちゃん〉 が転勤になったことでした。

入院中には、ご多忙の中で
過分なお心遣いを頂いたことは、
本当に感謝に絶えません。

私の見えないところで
沢山のお心遣いを頂いたと思っております。

~で☆先生ともお話できましたが、
私の件は聞いているよとおっしゃって頂きました。
皆様のお心遣いに感謝を重ねております。

3月には〈元上司〉のお気持ちを乱す言動をしたことは、
〈元上司〉には申し訳ないと思っております。

PCU(緩和ケア病棟)でのつまづきを越えるのに、
10年かかりました。

病気になり、私の大きな支えになったのは、
PCUと 〈新人入職〉病棟の患者さん方とスタッフと
その思い出でした。

ようやく自分というものを受け入れられております。

おっしゃる通り、私は私と価値観の合う方々と
残りの時間をかけることに致しました。

〈元上司〉のお気持ちを乱した分責任をもって、
がんサバイバーとして頑張っていきます。

〈元上司〉も、くれぐれもお身体にはお気をつけて、
故郷でより一層幸せに過ごされることを
心よりお祈りしております。

簡略なご挨拶で失礼致します。
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
ヒヨコ元上司にラストメール↓

お疲れさまです。
ご心配頂いているのが心苦しいので、
悩みましたが、
お返事をお送り致します。

PCU(緩和ケア病棟)の時も含めて、今までずっと、
考え方の違う方々を排除せず、
それを悩みながら生きてきたつもりです。

〈元上司〉や〈移植した病棟の師長さん〉のおっしゃることから、
私が共に歩く場所は分けて良いのだと、
私を必要としてくれるところを選んで良いのだと、
ようやく決心できました。

今回の件までの月日、
考え方は違っても、
目指すものはきっと同じ問題だと考えておりました。

〈元上司〉が、
最後に出来の悪い元部下に嫌悪を抱きながら退くのは、
胸が張り裂けそうに感じております。

今の私はPCUの時の私とは違います。
病は、本当に私に力と幸せをくれました。
病と共に生きます。

病気で頂いた様々な温かいお心遣いへの大きな感謝と、
3月の件は分けてお気持ちに留めて頂けますように
心より願っております。

返信はお気遣いなくお願い致します。
今の〈元上司〉のお言葉を、
今の私の精神はこれ以上受けられません。

感謝とお礼の気持ちはずっと絶えません。
本当にありがとうございました。
いいね!した人  |  コメント(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。