しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん看護,緩和ケア病棟の経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


テーマ:
今私が一番信頼している大好きな緩和ケア医ブーケ1と、2時間近く話した。

沢山話したから全て思い返すのが難しい。
なんて贅沢なんだ。

途中で泣きそうになったがすぐ越えた。

大先生の貴重なお時間をこんなに頂いて、丁寧に応えて頂いて、本当に私は幸せだクローバー
もう思い残すことはないクローバー

もしも看護師として接点があっても、私なんか相手にされないし、同じチームだったらきっと怒られてばかりで戦力外と思われていただろう。

患者だから得られた時間。
嬉しい。

先生ブーケ1本当にありがとうございました。

私の中のキラキラキラキラが又一つ増えた。
今回のキラキラキラキラは最上級。

どんなものがぶつかっても傷つくことはないし、欠けることもない。
私の中にずっと光るものが又一つ増えた。

私が生き続けても、先生とずっと一緒にはいられないと思っていた。

先生を知る程、先生はここにいる人ではなくて、もっと違う居場所があって、その場所の方が先生にも患者さんにもいいような気がしていた。

先生が、もしも本当に離れる日が来ても、きっと私も大丈夫。

諦めないで思いを伝えて私は本当によかった。
先生は疲れただろうし、途中不愉快だっただろうし、仕事もおしてしまっただろう。
ごめんなさい。

かなりエラソウなことばかり発言してしまったから、これからの自分にプレッシャーがかかった。

例えば5年後10年後、先生と今度は看護師として2時間話せるようになっていたい。
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最近思うのは、道はきっと長いという感覚。

自分の「生」そのものを見つめ、それだけでは終わらないという流れを感じる。

再発や死の恐怖を身近になさっていらっしゃる方々には、大変思いやりの欠けた贅沢な感情だと思う。

おそらく、生死のレベルの苦痛は私には(まだ)訪れない。
おそらく小さくて見落としがちな、大きくても、例えば3段階なら<中>位の苦痛や問題をまだまだ経験する気がする。

その過程での様々な感謝を力に、きっと私は様々な苦難を迎え、目を反らさず生きる道がのびている。

正直、私の人生は終わりでもいい。

今疲れているだけかもしれないし、いざ再発が現実になったら、かなり乱れるかもしれない。

ゲームでサイコロを振ってコマを進めると「ふりだしにもどる」が出た時の子供心に似たような感情で、再発となったらそれからの道程を私は嘆くだろう。

「この今」に戻る行程を思うと、守るもののない私は終わりでもいいと思ってしまう。

そんな逃げの姿勢は、きっと神様は許さない。

この先沢山の何かが待っていて、私が心から生きたいと願う時まで、私は生きるのだと思う。


おそらく、今の私に「死」を見ている人間は母くらいだと思う。

入院闘病中に私に沢山の想いをくれた方々も、今は無意識の範囲になっていると思う。

今は今で辛い。
退院後からもずっと辛い。
入院闘病中とは違う辛さがある。
甘えと言うものかもしれない。
でも私には苦痛がある。

メールの返事がないという、そんな些細なことで簡単に増す孤独感がある。
笑っちゃう。

だから、そんな些細な苦痛を重ねて生きる道が、私には用意されているんだ。


明日(今日)は、「がん患者大集会」がある。

私は、「もっと生きたい」という思いをもっと知らなくてはならない。
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私には、尊敬する友達が何人もいる。
看護学校から続く友人は100%そうである。

私とは違う病と闘い続けている友人がいる。
もう10年だと知った。

彼女は、今も、がん闘病に関する情報を得ては私に届けてくれる。
彼女は、私の入院闘病時にお見舞いできなかった。
私の退院後、初めて会った時から涙をよく見るようになって、私はその優しさに本当に感謝している。

彼女が「普通の看護師」が難しくなっても、私は彼女に仕事の悩みをいつも話していた。
それを彼女は嫌な顔一つせず、いつも一緒に考えてくれた。

根本はきっと同じ価値観だと思うが、そこから伸びる根も茎も葉も花も、彼女と私はきっと違っていて、私は彼女を頼った。

私の医療者への期待と失望の歴史を全て知っている。

今の苦しみも理解してくれていた。

でも、私は彼女を知らなさすぎた。

彼女の一番最初の入院中のことは、ぽつぽつ話してもらっていた。
10年の昨日、初めて知ったことがあった。

あまりに辛すぎて、ずっと言葉に出来なかったと言うその思いは、私が入院闘病中に感じ、悩んでいることと同じ種類のものだった。
私のために話してくれたことに感謝し、察していなかったことが本当に申し訳なかった。

彼女が自らの弱さを口にしても、私は彼女が弱いと思えない。
彼女の歩く姿は、時々泣けてくるのだが、私は笑顔でいるしかできない。

本当は、彼女の弱くなった気持ちを黙って聴いて、励ましも夢も語らず、共に涙するのがいいのかもしれない。

ごめんね、私は受けとめていない。
でも
でも
でも
と、やみくもに前向きやプラス思考を強制するような言葉をかけてしまう。

それが心に木枯らしを吹かせることを知っているのに、結局自分も自分の周りの人たちと同じことをしているんだ。

私はあなたのために何が出来るだろう。
ごめんね。
私はあなたを尊敬している。
あなたをやっぱり頼り続けることしかできない。

私はあなたの力を得て、なんとか患者さんの援助ができるようにしたいよ。
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「患者さんにしか分からないこと」

その言葉で、メールを送った医師は、私との間にラインを引いた気がした。
私には寄り添ってもらえない。
自分の領域ではないと扉を閉ざされた気がした。

先日、化学療法の病院と移植病院で一緒だった、尊敬する同志<ほ>お姉さんドキドキに会いに行った。
お姉さんドキドキの笑顔パワーキラキラは本当に素晴らしい。

<ほ>お姉さんドキドキは、私の母のことも理解してくださって、私の苦労を察して頂いている。

<ほ>お姉さんドキドキは私に、今を見るようにおっしゃった。
私が自分で医療者との間に壁を作ったとおっしゃった。
バカになるのも大切だとおっしゃった。
お姉さんドキドキの言葉は有難かった。

でも、私は混乱したままで孤独のままだった。

この前には、尊敬する<そ>先輩や、看護学校から移植病院での同期の<静香ちゃん>にも話した。

私の苦痛を尊重して頂いた。
ご自身が、私の思う看護を提供出来るかは分からないなどと言って頂いた。

3年以上も悶々としていることは、確かにおかしい。
この経験と思いは、ただでは捨てないと思う自己満足に、勝手に苦しんでいるだけ。

なかなか理解出来ない私の思い。
この思いを整理するために、新たに誰かを 「怒りを持つということも含め傷つけること」だけにならないか、それにきっと不安がある。

もしも、私と同じ身体や心の痛みを感じる患者さんがいたとして、それをほんの少しでも和らげたいという思いも単純な自己満足でしかないのか。

私の自分の関係する医療者への発信が、お節介???のように捉えられることに不安のような揺らぎがあり、その振り幅が大きくなって今心が痛い。

それでも、発信はやめない。
自分でラインがひける時はきっと近づいていると信じている。

あぁ、ようやく、未熟だけど、文章に出来た。

私を支えてくれる人がいる。
尊敬する 看護学校の<ま>教官が教えてくださった 土橋律子さん。
同じ種類の痛みがある。
しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~-SN3S02130001.jpg
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接点があった緩和ケア医に、自分の医療者への苦痛を初めてメールした。

その医師のブログにたまにコメントを入れている。

「患者さんにしか分からないことがある」

というフレーズがよく出てくる。
それは、医療者は自分の知識,技術,感性におごることなく、分からないことがあることを前提に、患者さんに寄り添う必要性を問いただしている、と私は捉えていた。

その医師には、少しだけ自分の辛さを話したことがあり、その時も上記の様な言葉をかけられたと思う。
大変だったねとねぎらって頂いた。

メールのお返事に落胆した。

私は、実際の血液内科領域における症状コントロールの認識と緩和ケアの位置付けが知りたい。
その医師の考えと現状が知りたかった。

殆ど本質には触れてもらえなかった。

「あなたが感じたことは、患者だから感じたこと。
あなたが欲しい言葉は、緩和ケア医に求めても返ってこない。
患者会などで同意や共感を求めることだ。」

という内容だった。
自施設の現状なんて、なかなか教えてもらえないのは分かる。

私の緩和ケアの主治医にも私のこの苦痛を話したが、珍しく答えが薄かった。
元上司の看護部長も、移植病院での現状はつぶやきの嘆きだけで具体的な話は一切ない。
私は患者でしかない。
この主治医や看護部長と医療者の目線には同時に立てない。
現実だ。

メールを送った医師には、本の目次みたいなことしか自分の思いを伝えていないから、思いの行き違いがあるかもしれない。
でも、聴いてもらいたい気持ちは消す方がいいと思った。

私は、看護師だったから見えてしまった部分があると思うし、看護師だから感じてしまうことがあったと思っている。

殆どの患者さんが、医療者には感謝でいっぱいだ。
痛かろうが苦しかろうが、それは仕方ない過程であり、乗り越えられたことで満足を得ている。

医師にはまぁ不満があっても、看護師には良くしてもらったと思っている方々が多い。
実際も素晴らしい看護を受けたのだと思う。

私は違った。
たまたま、がんの症状コントロールを勉強していた。
もっと楽になる方法を知っていた。
たまたま、当時自分も先輩も心を込めて頑張っていた元職場だった。
たまたま、<普通>の基準が違った。
たまたま、主治医の知識,経験を越えた症状に複数回遭遇した。

そんな嘆きを、感謝に満ちた患者さんにわざわざ話せる程鈍感ではない。
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