しかたない、がんばろう!~急性リンパ性白血病をいきる~かんごしに生きる~

2008年春、急性リンパ性白血病 (ALL) になった。
38才独身、看護師18年目…。
がん看護,緩和ケア病棟の経験もあった。
自分が患者になり、初めて分かったこと、実感したことがある。
日々のことと共に、又、今までを振り返りながら、記していきたい。


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記事書いていたら、自分の怒りや恨みみたいな感情と改めて向き合った。

他人に変化を求めるのは難しい。
自分が変わる方が簡単で、楽になる近道だ。

怒りや恨みは、力になっても、それ自体からは何も生まれないと思う。

そんなことより、自分が大きくなることがまず必要だと思った。
そんなこと、丸ごと飲み込んでしまえる様な大きさに。

そして、本質の問題改善や解決に繋がる行動にするんだ。

私にはなかなか難しいけど、きっと出来ることはある。

たった1人でも、その人の苦しみを、ほんの一瞬でも、ほんの少しでも癒せる…そんな時を生もう。
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次の地固め1クール目(C1)も引き続き辛かった。

「何でそんなにお腹痛いの?」
「この時期にこんな症状は初めてだ。」などと主治医らに言われた。
この類の言葉は大嫌い。
…移植後にも言われた。

結局、オンコビンによる便秘と、キロサイドによる腸粘膜障害~粘膜炎が重なったと言う診断だった。

私は、だいたい症状が悪化するのは、何故か主治医のいない土日。
…移植後もそうだった。

この回の腹痛も、数日前からあったが、激痛になったのは日曜日。
研修医が対応した。

朝、鎮痛剤をペンタジン→麻薬に変えると言われたが、投薬されたのは夕方だった。
軽く8時間は痛みを我慢し続けた。
体重が1日半で2kg減っていた。

寛解導入療法時~大部屋で、殆ど同じメンバーで、私の苦痛を見てきたお姉さん方にかなり心配して頂いた。

「看護師とか関係ないでしょ!痛いものは痛いんだから、我慢しないで言いなさい!」
とおっしゃってくださった <な>お姉さん…。

鎮痛優先でいいはずなのに、腸穿孔が無いことをCTで確認してからと言われた。

穿孔なんて有り得ない。

穿孔と言っていながら診察は殆どしないし、看護師も体温,脈,血圧など計らない、お腹も看ない。

CTと言われて、撮影したのは4時間後だった。
本当に穿孔疑っているなら有り得ない話。

途中、スタッフの若い医師が診に来た。
カルテを見れば分かる基本的な事を、痛みで もがいている私に次々聞いてくる。
「カルテ見てから来て下さい!」
と思わず私は言った。

後日、疼痛コントロール目的で、主治医の依頼で緩和ケアチームが来た。
昔、ほんの一時期一緒の病棟で勤務していた医師だったから、安心した。

この先、もうこんな激痛に耐えることもないだろうと漠然と思った。
こんなに我慢したから、この先に待ち受けていた激痛の存在なんて考えられなかった。

移植後に再び、果てしなく痛みを我慢する思いを経験するわけだが、その度 この日の事を思い出し、その度 悲しみは増した。

痛いことも辛かったけど、医師も看護師もウトイ事が悲しくてたまらなかった。

<看護師の私>だったら、<患者の私>のこんな痛みも思いも、すぐに対処するのに!!
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2008年 5月20日(火)
JALSG (日本成人白血病共同治療研究グループ)
ALL202-O治療計画
にて 寛解導入療法 開始。

年明け~この日で、既に体重減少は約5kgあった。

ヒヨコ思ったこと(感情的です)

* 骨痛は、治療が進むと軽減,消失したが、鎮痛剤ペンタジンを頓服していた。

看護師にその都度配薬してもらうのだが、今痛みが辛いのに、依頼してもすぐに持って来ない。何十分もかかる。

急ぐ必要のない他の患者さんの検温など、平気で自分の業務を優先する。

* 嘔気,嘔吐が強く長引いた。
朝の内服薬が夜中までかかることもあった。

「どうしてそんなに嘔気が強いの?」と主治医たまちゃんに言われた。
こっちが聞きたい。

病棟医長がNST(栄養管理)チームで、1口でいいから飲食する様しつこかった。
経口摂取しないと腸管も動かないし、消化機能が低下するとか説明は理解している。
吐くと知っていて食えるか。
食べられるなら食べている。

抗がん剤オンコビンによる末梢神経障害にて、腸ぜん動が低下し、強度の便秘になっていた。
腹部緊満も著明で、レントゲンの所見を聞く限り、サブイレウス(軽度?麻痺性腸閉塞)と思っていた。

消化器科の経験が多い私は、何故 内服薬を点滴に速やかに変えないのか、お腹の観察も動きをつけるケアも十分なく、ただ食え食えとうるさいと思った。

ある日、激しい嘔吐の現場にたまたま遭遇したたまちゃんが「内服どころじゃないね。」と言い、ようやく苦痛を理解してもらえた。

* 寛解率の話は聞いていなかった。
後から自分で本を読んで知った。
スムーズに寛解したのは感謝している。

まだ細かいことは沢山あるが、きりがないので一部だけ。
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2008年 5月15日(木)
卒業した附属看護学校のあった某病院 血液内科 初診。

大学病院 血液内科 主治医からの診療情報提供書は、診察時に見えた限りでは、2,3枚にわたり細かな字でびっしり書いてあった。
「卒業生」と言うことも記載されていた様で、看護師から気を使ってもらった。

初診時の医師の外見に驚いた。
ロイヤルブルーのYシャツに、ネクタイは鮮やかな黄色の地で、確か色々な動物が沢山プリントされていた。
髪はオールバックでウェット仕上げ。
顔は やや太った堤真一さん と言う感じ、色黒でつややかで、体もガッシリしていて圧倒された。

「貧血がありますが思ったより元気ですね~。ベッドがいっぱいで検査入院は難しいんですよ。外来で検査して行きましょう。今日、たまたまマルクのベッドが空いてるから、やってしまおうか~。午後からだから、ゆっくりご飯食べてきてください。食堂も変わったと思いますよ。」

14時~初マルク。
後から知ったが、痛くない上手い医師がやってくれていた。
だが、検体が採れない。
ざくざくいじられた。
結局、左右の腸骨を刺され、最低量採れた様だ。

これが「dry tap」と知ったのは、随分後の話。

結果説明を待った。

呼ばれて診察室に入ると、かたい雰囲気だった。
「白血病です。ベッドは確保しました。このまま入院して下さい。帰すわけには行きません。」
後から、看護師さんに「大丈夫ですか。」と言われた。

別に典型的なショックはなかった。
「血管内リンパ腫」の予後も知らされていた私は、ポピュラーな白血病で良かった位に思った。
でも、職場に連絡した時は声が震えた。

入院後 再マルク。
病棟主治医 <たま>ちゃん との出会い。
胸骨から!
目隠しをしてくれない。希望した。
「知っているから、余計怖いんだよね。」と言われた。

十分な量は採れなかった。

その日の夜、もう1人の主治医<たけ>ちゃんとの出会い。
1時間位かけて説明してくれた。
血液内科の講義みたいだった。

<たま>ちゃんと<たけ>ちゃんは仲が良ろしくない様だ、とか感じながら2人の話を聞いた。

翌日 腸骨から再マルク。
骨髄は又もや採りにくく、骨生検を多めにした様だった。

急性リンパ性白血病と診断がついた。
フィラデルフィア染色体異常(-)だった。
他 染色体異常の有無の検査が不十分であった事は、後の後に、移植主治医から知る事となる。
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2008年 4月26日 某大学病院(分院) 血液内科 初診。

LDH / 1123
CRP / 1.04
白血球 / 3700
 分画も正常(芽球無し)
ヘモグロビン / 10.1 …退院後横ばい,軽度低値
血小板 / 18.5 正常

免疫グロブリン IgG / 2504 (正常値: 870~1700)
 …慢性肝炎(活動型),肝硬変,慢性感染症,自己免疫疾患,リンパ増殖性疾患,悪性腫瘍などで高値

血管炎系の疾患を疑うが、その採血項目は正常値。

「マルク(骨髄穿刺)しても何も出ないと思うけど…どうする?」
と血内主治医に言われ、マルクの介助を思い出し、又先生と同感だったから、迷わず不要と答えた。

悪性リンパ腫探しをすることになった。
PET-CTのある施設への転院を考えておくように言われた。
とりあえず、血管内リンパ腫ではないことを確認したいと言われたが、説明が詳しく丁寧で優しかったので、それが確定病名な気にさせられた。

5/14 採血
ヘモグロビン / 8.4ビックリマーク
白血球 / 4200
 →「幼若なものが出ている。」と後から言われる
血小板 / 22.2
LDH / 857
CRP / 0.5

この間に撮った 胸部造影CT 心臓エコーは問題無し。

ようやく末梢血に芽球が出現したのだが、3月の入院時にも、一日だけ極少量出ていたとのこと。

「明日にでも血液内科の充実した病院に行った方がいい。化学療法科とかある施設でもいいかも…。」
「(附属看護学校の)卒業生ならよく診てくれますよ。」

この日、採血結果半分(すぐ出るもののみ)で診察、帰る所、腰痛発作があり、坐薬を入れ、待合室で休んでいた。
そこに主治医が慌てて来た。
再診察で、血液内の良くないものの存在を知らされた。
帰らなくて良かった。

2時間位か待った。
山程のフィルムと厚い書類を渡された。

主治医が優しい悲しい表情で、もう暗くなった外来で、ずっと見送ってくれた。
資料が重いので、タクシーで帰るように言われた。

私はまだ想像もしていなかったこれからの闘いを、あの医師は案じてくれていたのだと思う。
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