8月15日終戦記念日を過ぎて
(ほんとは終戦記念日当日に書きたかったけど)

私の祖父は父が2歳の時戦死した。
その後祖母は女手一人で気難しい息子を育てた。
毎日毎日 亡くなった祖父に魂に語りかけるかのように祈ってる祖母を見て育った。
祈る祖母を見ることは嫌ではなかった。

仕事柄 お年寄りと接する機会が多く、記憶が薄れかけている方達から戦争に纏わる話を聴かせてもらえることがある。


14歳の少年が徴兵され
「嫌だ。」と逃げたところを撃たれた悲しい話。

その頃青春期だった若い青年が想いを寄せる女性に想いを打ち明けることもできずに戦争へ行ったという話。
自分が想いを打ち明けて 両思いになり交際して
しまうと戦争から帰ってこれなくなった自分を待つだろうと。
 相手に伝えなかった理由は相手を想うがゆえのこと。
相手を想うとはそういうことかもしれない。
自分の気持ちを越えた 相手を想う気持ち。
自己犠牲
 戦争へ行き、無事に帰国 今ある年寄りも戦争の話をすると 昔にもどり険しい表情になる

今ある平和は今までの歴史が
作りあげたもの

大切にしたい

鎮魂の祈りを


幸せとは

美味しいものをいただくこと



お洒落な洋服を着ること

好きな人といること


好きなペットといること



仲間がいること




家族があること




自然との共存



 
色々あるだろうけど


幸せ
それは
今ここに存在すること


ただそれだけなのかもしれない。





鈴巳