希望 の灯~
明けましておめでとうございます。













管理人

旧年中は、多くの皆さんに拙ブログ記事を
見ていただき本当に有難う御座いました。

今年もどうか宜しくお願い致します。


今日は少し夢について書こうと思います。

皆さんの子供の頃の夢って何でしたか?
もう忘れたって人も多いと思いますが。

私の子供の頃の夢って・・・
実は、忍者になることでした。
何故か、すごく憧れたんですよね。







そんな訳で、子供の頃は山野を走りまわっていた
記憶があります。
超人的な身体になろうとしていたんです。

ある時、月刊誌の冒険王って漫画があったのですが、
なんと、付録に忍者特集号ってのが付いていて、
私は正月のお年玉でその漫画を買ったのです。

フム フム フム フム・・・と
熟読しましたね。( 笑 )

その中で、忍者がケガをした時には、
赤土に塩をまぶして、それを傷口に刷り込むと
そのように書いていました。

私はすごく感心して、その事を二つ年下の
近所の いとこ にじっくり教えてやったのですが・・

ところが、その晩~その いとこ の親父さんが
私の家にやってきて・・・怒鳴られましたね。

『 子供におかしな事を教えるな!!! 』

まあ、親戚だったのでそれ以上は怒られませんでした。

私は、そんな事にはへこたれず、ブリキ板に手裏剣の
形をマジックで描いて、それを金切りバサミで切り取り
たくさんの手裏剣を作ったのです。

それを何本も手にし、シュッ シュッ シュッ シュッ
と、板の壁に突き刺したのでした。

恐らく、戦国時代や江戸時代だったら、
間違いなく忍者になっていたことでしょう。

私は、そんな訳で足は速かったです。
中学生の時には、陸上部の監督から是非~駅伝に
出てくれと懇願されましたからねぇ~。
当時は、卓球部だったので、嫌だと断りました。


高校生の時も卓球部だったのですが、
私が通った高校は、当時、選抜という仕組みで
呉の広高校という進学校でした。
全盛期には、100人近くも国立大に合格していた
ような、まあまあ名の知れた高校でした。

この広高校には伝統の10キロマラソンっていうのが
あって、全学年で一斉にスタートします。

高校1年生の時、私は学年で第1位でした。
全学年では第5位でした。
なにしろ、陸上部の生徒も全員が参加しているので
全学年で第1位には届かなかったです。

やはり、幼少期の忍者修行の賜物と言えるでしょう。



話は、また幼少期に戻るのですが、
私の父は、一時期、散髪屋さんをやっていました。

なので、当時~バリカンなんてものがありました。
あの頃、西部劇が結構テレビで放映されていて、
良く見ていたのを思い出します。

私は、特にアパッチのモヒカン刈りが気に入っていて
近所の幼馴染と散髪屋さんごっこ遊びをやりました。

私は、思わず我慢出来ずに・・・
その子の頭をモヒカンに刈ったのでした。

どうだ・・・かっこいいだろうって乗りでした。

ところがその夜、その子の親がものすごい剣幕で
私の家に怒鳴り込んで来たのです。

『 なんちゅう事をしてくれたんだ!!! 』






私の親は平身低頭であやまり続けていましたが、
とうとう、私は罰として2時間もの間~家の柱に
縄で縛り付けられてしまいました。

子供っていうのは、罪の意識がありませんから、
こんな事も・・・ままあったりしますわね。


そう言えば、私は北朝鮮の金正恩も
モヒカン刈りにしたことがあります。

無論、ブログ上の話な訳ですが、
本当にやったら、100回くらい銃殺刑に
されてしまいますよね。

まあしかし、よく似合っているので不思議です。







世界的な予言者として有名なロンバード氏の
Twitterにコメントを入れたことがあります。
https://ameblo.jp/64152966/entry-11628569502.html


腹が減った!!!!!!・・とコメントしたのですが、

そうすると、驚いた事に返信が返ってきたのです。

以下が ↓ 証拠画面です。

https://twitter.com/ronniebard/status/386319436832976896

ロンバード氏からの返信は
以下 ↓ のものでした。

Very Inteligent is that compliment

和訳すると・・・

『 非常にインテリジェントな褒め言葉です 』
by. ronniebard


2013年10月5日の事でしたが・・・
私はよほど、腹が減っていたのでしようね。

この際、ロンバード氏本人の誤解なんてものは
どうでもいいのですが・・・
私は大笑いしたのを今でも覚えています。

やはり、六つ子の魂~百までも・・・と言いますが、
子供の頃のイタズラ心っていうのは
なかなか治らないものらしいです。


新春につき、夢の話をしようと思ったのですが、
実際、私はとても素敵な夢というものを
ほとんど見た記憶がありません。

夢を見るのは眠りが浅い時だと言われています。
なので、深い眠りの時の夢って何を見ているのか
全く分からないのが本当のところです。

浅い眠りの時の夢って、こんなのがありました。

ある日、旦那さんが事件に巻き込まれたのですが、
事情を訊く為に、奥さんも取調室に呼ばれました。

その時に、旦那さんが起こしたかもしれない事件に
ついて、奥さんに話した所・・・

『 私の 夫 に限って絶対にそんな事はありません!』

・・・って絶叫したのですが、

その時に、取調べの刑事の一人が・・・

『 オット ~ 』って~親父ギャグを言ったのですが、

取調室の他の刑事連中がクスクス笑い始めたのです。

その光景が私の夢の中の情景に現れて
私も思わず笑い始めたのです。

実際、声を出して笑ったので
その自分の笑い声で目が覚めたという
お粗末な顛末でした。

正直・・・
こんなくだらない夢を見ているのかと
ガッカリした記憶があります。

夢っていうと、もっと壮大なロマン溢れたものと
思っていたので、現実を知る羽目になりました。


それから、幼少期の頃の夢としては、
自分の身体が上空に上っていく夢を見ました。

平泳ぎみたいにもがくと、
どんどんと・・・上に上っていくのです。

夢の中で、上に登っていけると
信じて疑わないのです。

今にして思うと、これは霊的体験かなって
時々、今でも思うことがあります。

本当のところは、全くもって分からないのが
正直な感想です。


私は、霊の世界っていまだに
半信半疑なのですよ。

だけど、何かとてつもなく偉大な何かが
あるのだけは間違いないと思います。

例えば、人の身体なんてまさにそうですよね。

とんでもなく精巧に出来ていて、
この全てが偶然の産物なんて、とても信じられない。

人の身体って まさに小宇宙そのもの。


物は・・・考えよう。

人間って自分の死について考えたくも無い。
想像すらしたくないのが本音だと思います。

私は以下のように考える事にしています。

人は絶対に死にたくない。

そして、そこには深い恐怖心が存在する。

だけど、もしかすると・・・
死んだ時に、とてつもなく素晴らしい世界を
見れるかもしれないという可能性。

そんな風に、意識を変えてみると
死に対する感じ方に少し変化が芽生えてきます。

まあ、あまり深く考える事でも無いのですが、
そういった意識が心の片隅にあると、
結構・・・気持ちが楽になるので不思議です。

どうせなら、気楽に生きていくほうが良いですから。

自分の死でさえも、星の瞬きのようなものだと
思えるようになったら、もっと楽に生きていける
ようになると私は思うのです。

やはり、一番良くないのが
多くの不安を持つことです。
抱え込むという言い方でもよいですが・・・。


私はこう思うのです。

実際、霊の世界が在るとか~無いとかなんて
そんなに重要なことではありません。

要は、いかに気が楽に生きていけるかって
いう事の方がはるかに大事に思えます。


私は心を決めました。

現実と頑なに信じている今の世界は
単なる魂の修練の場である・・・と。

もしそうなら、単に死を恐れている場合ではない。
もっと魂を磨くことに力を注ぐべきだと。

人には、多くの様々な不安があります。
これが諸悪の根源であるかもしれない。

そして、ピラミッド的にはその頂点にあるのが
死への恐怖です。

私はその死への恐怖を捨て去る事に決めました。

但し、そんなに簡単に出来ることではありません。

私は何年もかけて・・・ゆっくり
潜在的にメンタルトレーニングをしました。

すると、徐々に死への不安が薄れていきました。
無論、全く無いという訳ではありませんが。

しかし、少しづつ変わっていったように思います。


皆さん・・・

死への恐怖が薄れると・・・あらあら不思議。

他の多くの不安というものが
取るに足らないゴミみたいなものと化したのです。

皆さん、思ったことないですか?

全く不安の無い人生を送れたら~どんなに楽だろう。

私は、この生き方が自分が幸せになる為の
一番の近道だという事に気づきました。


嫌われるかもしれない不安

受験に失敗するかもしれない不安

試験に不合格になるかもしれない不安

仲間外れになるかもしれない不安

いじめられるかもしれない不安

仕事で大失敗をするかもしれない不安

出世街道から外れるかもしれない不安

お金が無くなるかもしれない不安

自己破産するかもしれない不安

倒産するかもしれない不安

暴力を振るわれるかもしれない不安

病気で苦しむかもしれない不安

ガンで死ぬかもしれない恐怖

大地震などの天変地異への恐怖



私は、ほとんど無くなりました。

自分自身のことについては・・・

大したことなんて何もないよって
思えるようになりました。

ケセラセラ・・・なんてね。



但し、人の事は別ですよ。

より~すごく大事に思えるようになりました。

本来、私は周りの人が幸せになっていく
姿を見ると私までとっても幸せになります。

また、それが一番の私の願いでもあるのです。

人が苦しむ姿を見るとものすごく悲しくなります。

人が苦しみ死に行く姿を絶対に見たくはありません。


だから、多くの人に・・・

もっと もっと もっと 幸せになって欲しい。

10年後のあなたの笑顔が見たい

それが、私の唯一の願いなのです。



【 時 間 】とは人類が創造した
マボロシの産物に過ぎない!

https://ameblo.jp/64152966/entry-12563774601.html








哲学書 『 神との対話 』 より抜粋

~ 中略 ~

宇宙飛行士はそれを感じた
彼等はロケットで宇宙にのぼっていくのだと
思ったが、宇宙で気づいて見れば
地球を見上げていた
それとも、地球を見下ろしていたのかもしれない

それでは、太陽はどちらにあっただろう
上か、下か ?
そうではない 左側にあったのだ。
そこで、ものごとは突然に
上でも下でもなくて 横になった

全ての定義が消えたのだ。

それが私の世界 ― 私たちの世界 ― 真実の領域だ


~ 中略 ~

息子よ 進化論者は正しくない 
わたしはすべてを
何もかもを 一瞬のうちに創った
聖なる一瞬に 天地創造論者の言うように 

そして あなたがたの言う歳月でいえば
何十億年もかかって進化の過程をたどってきた 
進化論者が主張するように

彼らはどちらも 正しい  
聖なる一瞬 = 何十億年 
・・・・どんな違いがあるのか 

過去現在未来は一つにつながったものである
例えるならば 曼荼羅の絵のようなもの
過去現在未来は同時にすべてを認識することが出来る



【第一話】
私が本当に信じた唯一の臨死体験実話。

http://ameblo.jp/64152966/entry-11826251538.html

【第二話】
私が本当に信じた唯一の臨死体験実話
 ~今、目の前に巨大な地球!

http://ameblo.jp/64152966/entry-11826318880.html

【第三話】
私が本当に信じた唯一の臨死体験実話
~意識がもどる

http://ameblo.jp/64152966/entry-11826738711.html

【第四話】
私が本当に信じた唯一の臨死体験実話
~窓際からの奇跡の生還

http://ameblo.jp/64152966/entry-11827253459.html







【第二話】~より引用

゛行かなきゃあ でも行きたくない でも行かなきゃあ ゛
そんな思いで手足をバタバタと動かして
もがいているような感覚。
゛今、僕はあの病室で死んだのだ。゛
この思いは、強烈だった。
死ぬって、こんなことだったのか。
激しいショックだった。
しかし、やがてその事実を受け入れた。
事実は、受け入れざるを得ない。
そして嵐が静まった。 穏やかになった。

゛もう何もしなくていいんだ もう全てが終わったんだ゛
そう思うと、不思議と気持ちが楽になった。
苦しみが去り、私はなめらかに上昇し始めた。
今までのもがきやもつれがなくなり、
ス ― ッ とのぼっていく。
私の人生は 今 終わった。
したかったこともたくさんある。
でも、出来なかったこともたくさんある。
家族はどうなるんだろうか、仲間達はどうなるんだろうか?
もっと優しくしておけばよかった。
もっと仲良くしておけばよかった。

ごめんね ・・・ でも 仕方がない。
もう苦しむこともジタバタすることもない。
あれこれ考えることもない。
何もかもが終わったのだ。
今 私は死んだのだ。

゛さよなら みんな さよなら゛
゛ありがとう みんな ありがとう゛


-宇宙へと-

地球が・・・
苦しみが無くなり、なめらかに上昇し始めた。
次第に高度が増し、目の前の風景が遠くなる。
河原の両岸が寄ってきて狭まり小さくなる。
山々も集まってきて小さくなり・・・
やがて、四国が見えて小さくなる。
日本が小さくなり、そして、ついに目の前に地球が現れる。

゛これが、地球なんだ。これが僕が生きた地球なんだ!゛

強烈な衝撃! 強烈な映像!
その美しさ! その大きさ!
その厳粛さ! その圧倒的な迫力!

その偉大さ~その美しさに感動!!!
幸せ 満足 充足 至福 の感覚。

突然、激しいショックを感じた。
それは、思い出した衝撃。
長い間悩み続けた問いを思い出した衝撃。
誰もが必ず考え、そして、答えが見つからず
やがて、あきらめてしまう 問い。

゛自分とは何か~どこから来たのか・・・
そして、どこへ行くのか ゛


-光の中へ-

今、目の前に巨大な地球。
本物の地球~三次元の地球!
立体の地球が圧倒的な迫力で語りかけてくる。

それを見たとたん、激しい衝撃。

゛生きている。地球は生きていたんだ。゛
魂が揺すぶられる。
感動の涙がこみあげてくる。

今、自分が変わりつつあることがはっきり分かる。
自分が、地球と宇宙とつながっていくような感覚。

ついに分かった。
一生問い続けた 問い。

゛自分とは何か どこから来たのか そしてどこへ行くのか ゛
その答えをついに見つけたのだ。
感動的な答え。 
それは、光。 
すべては ひとつ。
命は光であり、光の世界から来て光の世界に帰る。
すべての生命は、一つにつながっている。

ああ、分かった・・・
これが分かればすべて分かる。
何のために生まれてきたのかも分かる。
どのように生きればいいのかも分かる。
なぜ、こんな簡単な事が分からなかったのでろう。

すべては一つ~すべてはつながっているのだ。
すべての 謎 が解けた 。
すべて 分かった。
もう 何もいらない。

安心 安らぎ 満足 本望・・・
もう 何もいらない。
安心して いくことができる。
安心して 帰ることができる。
もう 何も いらない。
もう 何も いらない。



暗黒の宇宙の中で、地球だけが美しく輝いている。
周りがゆっくりと明るくなり、音響が湧き上がってくる。
光は、次第に輝きを増し、ハ-モニ-は強まってくる。
やがて、激しい眩しさに何も見えなくなり・・・
轟音に包まれて何も聞こえなくなる。

ああ、今から光の世界に帰るのだ。
自分の周りの強烈な光が、四方八方に飛び散っていく。
光の世界に入って行く・・・


-光の世界-

ここには、何もない。
物質的なものは、何もない。
しかし ここにはすべてがある。

過去 現在 未来 のすべてがある。
未来永劫がある。 
永遠がある。
めくるめく~光の波。
無数の映像~無数のフラッシュ。
自分の過去現在未来のフラッシュ。
自分の未来。
再生-地球環境-平和運動-そして死


1981年4月27日の事故~臨死体験の時に見た
世界の過去現在未来のフラッシュ。

10年後 ソビエトの崩壊

35年後 アメリカの崩壊

40年後 世界の崩壊


~ 中略 ~


-光の世界-

宇宙の過去現在未来のフラッシュ。
宇宙には はじめも終わりもない。

-自分は死んだのだ-

そしてあの世 { 光の世界 } に来たのだ。
物質的なものは何もない。
ここには何もない。
お花畑も河原も天国も地獄も無い。

ここには、物質的なものは何も無い。
宇宙のように何も無いのかと言えば、
そうではなく、空間も無いのだ。

ちょうど目をつむって何かを考えているような感じ。
意識やイメ-ジはあるが、物質的なものは何も無い。


-あるのは意識だけ-

ここには、意識だけがある。
ちょうど暗闇の中で考えているような感じ。
自分の身体は無く、ただ意識だけがある。
自分の意識とは別に、もう一つ巨大な意識がある。
その意識は、すべての意識の集合体のようなもので、
全体意識と読んでもいい。

自分は、この全体意識の一部なのだ。
全体意識には、すべてがある。
全体意識には、過去現在未来のすべての出来事、
すべての記憶がある。

過去の記憶、現在の出来事だけでなく、未来の記憶もある。

例えるならば、私はス-パ-コンビュウタ-に接続された
パソコンのように、知りたいことは何でも知ることができる。
むしろ、全体意識の中に、自分(自意識)があるといってもいい。


-時間は存在しない-

ここには、過去現在未来という時間の流れも無い。
例えるならば、すべて現在である。
時間は意識の中に認識としてだけ存在する。

光の世界はゼロ次元である。
ゼロ次元というのは、空間も時間も無いという意味である。
光の世界には何も無い。
あるのは、意識だけである。


-この世とつながっている-

光の世界は、ゼロ次元。
ゼロ次元は、すべての次元に含まれている。
光の世界は、この世のすべての場所、すべての時間に存在する。

光の世界はこの世とつながり、この世のすべてを包んでいる。


〇過去現在未来は一つのもの

過去現在未来は無く、全てが現在である。
つまり、過去現在未来は一つにつながったものである。
例えるならば、曼荼羅の絵のようなもの。
過去現在未来は、同時にすべてを認識することが出来る。


-未来が見える-

未来は、同時にたくさん存在する。
可能性の高い未来は、はっきり見え、
可能性の低い未来は、ぼんやりと見える。

最もはっきり見えるものが、最も可能性が高いもの。
例えるならば 風景のようなもの。
真正面には、はっきりした景色が見え、
左右には、ぼんやりした遠景が見える。

真正面に大きな道が続き、前方にいくつかの
大きな分かれ道と たくさんの小さな脇道があり、
このまま進めば、真正面の未来が実現し、
分かれ道や脇道にそれれば、
左右の未来に到達することが出来る。

真正面に見える未来が最も実現の可能性が高いもの。
現在過去未来はこの道とこの風景に全て表されている。

前には未来が ・・・ 後ろには過去が ・・・・
そして、現在はどこでもかまわない。
つまり、どの現在からも、過去現在未来は、
一つの風景として見ることが出来る。


-未来の記憶-

真正面の景色は廃墟 1981年当時の臨死体験から
真正面に最も強い可能性のある未来が見える。

10年後 ソビエトが崩壊

35年後 アメリカの崩壊

40年後 世界の崩壊


真正面の道を進むにつれて、経済の拡大、消費の拡大、
人口の拡大、資源の枯渇、環境破壊、経済の崩壊、飢餓、
貧困、戦争、廃墟。
砂漠、わずかながら生き残り。
さらに、その向こうには、文明の誕生と崩壊。

~その繰り返し~





Michael Jackson - Heal The World