啓一郎達が待機している所から1キロほど内陸に向かった所にある「第2ベース」、、、ここに特殊機動部の別班10名が陣を取っていた。

突然の地震と津波、それによって発生するかも知れない原子力発電所の臨界事故、一気に危険地帯と化してしまった発電所施設への立ち入りを防ぐために設置されたバリケードである。

故障が判明するとほぼ同時に緊急避難命令を政府が発動する、近隣の自衛隊、消防、警察を駆使して村の全ての住民を安全地帯へ移動させていた。

しかし、無茶をする報道陣や興味本意の見物、また期に乗じた空き巣、それらの可能性を考え「通常よりも堅牢なバリケードを」ということで、特殊機動部が配置されたのであった。

地震直後は多くの報道陣が殺到したが、ニュースやインターネット等に専門家や科学者の放射線被害の所見が出るようになると、そこには誰も居なくなった。

皆、恐怖したのである。

報道関係も海上に船を出し、かなり遠い位置から発電所施設の映像を写すだけである、ヘリコプターでの撮影を試みようとした局もあったが、、「もしも減圧の為にベントしたら高い位置にある脱気搭から一気に放射能が散布される」という専門家の言葉を聞き断念する。

それでも報道をしなくてはならないのだ、各局は原子炉から離れた電力会社の遠隔制御室に殺到し情報を得ようとしていた。

すっかり静かになってしまった第2ベースからの無線が啓一郎達が待機する「前線」に入った、「どうせ暇潰しだろう、、、」と思いながら隊長が無線機の前に座る。

「あっ、清水隊長、スミマセン、これから1台そっちに向かいます」

困ったような隊員の声。

「おいおい、誰も入れるなってなってるだろう、、何の車だ、誰が乗ってる?」

出来るだけ外部の者との接触は避けたい、隊長の顔が急に険しくなる。

「それが、、その、議員の、、」

「議員?議員って誰だ、誰が来た?」

パイプ椅子の背もたれにもたれていた隊長が体を起こす。

「参議院の柳生竜馬氏ですよ、、議員命令だって、、」

「柳生、、あの柳生が、、で、、一体何の用だ?」

「救出とかボランティアとか言って、とにかく中に入れろって、凄い剣幕で、、、丁重にお断りはしたんですが、議員命令だぞって凄まれて、、、」

「それでお前入域を許可したのか?」

「はい、スミマセン、何せ相手が柳生竜馬ですから、後は隊長が何とかしてくださいよ、お願いします。」

ふう~、とため息を吐きながら隊長が無線を切る、「ふう~柳生竜馬、、か、、一体何しに来たんだ?」

柳生竜馬。

野党の小さな政党の議員、しかしその知名度は抜群、政治に興味の無い若年層に総理の名前を聞いても答えられない時があるが、柳生竜馬の名前を知らぬ日本人は居ないであろう。

その男がこちらに向かっていると言うのだ。

隊長が椅子から腰を上げると同時に「清水隊長、バスが、、バスが来ます」慌てた様子でテントに飛び込んできた。

「ああ、聞いてる」苦い表情で外へ出る隊長。

大型バス、60人乗車可能な立派な物だった、隊長が外へ出ると同時に静かに停車する。

白いボディーに青のマークが入っている、砂利と草むらしかない殺風景な待機場所にそのバスは妙に映えていた、大きな丸い円のなかに、何か猛獣、、これはライオンだろうか、、見慣れたロゴマークが描かれている。

その円の周囲に、「キングオブバトラーズ」の文字、そのマークの後に太い文字で「ミッドマッスル」とある。

日本で最大の老舗プロレス団体の物だ。

集まった機動部の隊員もロシア警察も皆、呆気にとられていた、バスの中程のドアが開き中からその男がいよいよ出てきた、3段のタラップを降りる男、純白のスーツの上下に白い革靴、首から腰まである超ロングのブルーのマフラーが静かになびいていた。

場違いにも程がある、、しかし見慣れた男の出で立ち、息を呑む隊員達の前に進み「ジロリ」と周囲を見渡す、先ずは挨拶をしないと、、、と隊長が男の前に進み出ようとしたときだ。

「元気ですかー!」

辺りの空気を切り裂くように男が叫んだ。

ビクリとして隊長が立ち止まる、すると男が「元気があれば何でも出来る、さあねえ、細かい事情は俺は知らんが、今、俺達に出来ることは残された作業員の救出だー!行くぞー!」と、ぶちかました。

呆気にとられながらも隊長が柳生竜馬の前に進み出て敬礼をする、それを見た議員が「ああ、重要な勤務御苦労、さて、君がここの代表だな、さあ、助けに行くぞ!」

まるでテレビのコマーシャルの撮影のようなその場面を見たロシア警察達が通訳の話に聞き入っている。



ようやく落ち着きを取り戻した清水隊長が「あ、議、、議員、、柳生議員、あの、お気持ちは大変に有り難く頂戴いたしますが、あ、、あの、入域許可は御座いますでしょうか?」普段の歯切れの良い隊長とはまるで別人のようだ。

「許可、そんなもんは俺は知らん、困っている人を助けに来たんだ、それが何か問題か?」

もう60代の半ばだろう、きちんと伸びた背筋は190センチもあるだろうか、、、その切れ長の目の鋭さと、顔に刻まれた無数の傷痕、、、清水隊長自身も子供の頃にテレビの前で彼を見て熱狂した。

燃える青龍、柳生竜馬がそこにいる。

まだ20代の頃にプロレス団体を立ち上げる、名だたる日本人レスラーも、本場アメリカの巨漢レスラーも打ち倒して行く「柳生竜馬」相手に全ての技を出させて、それを受ける、受け続ける、何度もマットに叩き付けられながらも立ち上がる柳生竜馬、会場もテレビの前のお茶の間でも全ての人が手に汗を握る。


それを見た視聴者が「ああ、まずい、このままでは柳生が殺される」と恐怖におののく、その絶体絶命の窮地から柳生竜馬の反撃が開始されるのだ。

攻め立ててくる相手の額に鉄拳を打ち据える。

連続した下段蹴りで追い詰める。

怯んだ相手の隙を見て、ハイジャンプして延髄に強烈な蹴りを見舞う。

ふらつく敵に止めだ!タコのように絡み付き締め上げる。

「よし、行けー!柳生ー!」清水隊長も大きな声で声援を送る。

やがて戦意を失った対戦者の様子を確認したレフェリーがゴングを要請する、倒れ付した対戦者とガッツポーズで雄叫びを上げる柳生竜馬。

ある時は柔道のメダリスト、またある時は世界ヘビー級ボクシングのチャンピオン、極東空手の猛者、世界中のありとあらゆる格闘技と闘う【格闘技世界一決定戦】プロレスの威信、日本の誇りを守るために常に命をかけて闘うのだ。

引退後の議員としても活躍もすさまじかった、中東のある国の内紛に、在住していた日本人15名が巻き込まれる、解放を求め政府が奮闘するが交渉は上手く進まない。

そこで出たのがこの「柳生竜馬」だった、政府の反対を押しきりチャーター便で内紛地域に出向く、「なんと無謀な、、」と、誰もが思ったのだが、彼は人質全員の解放に成功する、揚々とチャーター機を降りてくる。

世界的に有名な柳生竜馬の活躍を中東の交渉相手も知っていたのだ。

現在は引退し社長と議員を掛け持ちしている、今でも人気は衰えずテレビに引っ張りだこなのだ。

そのテレビそのものの姿で彼がそこに立っている。



さあ、どうする特殊機動部、さあどうする啓一郎、風雲急を告げているぞ!