白居易1「賦得古原草送別、重題、八月十五日夜禁中独直対月憶元九」
中唐-12
賦得古原草送別 白居易(はくきょい)
(「古原の草」を賦し得て、別れを送る)
離離原上草 離離たる原上(げんじょう)の草
一歳一枯栄 一歳に一たび枯栄(こえい)す
野火焼不尽 野火(やか) 焼けども尽きず
春風吹又生 春風(しゅんぷう) 吹いて又生ず
遠芳侵古道 遠芳(えんぽう) 古道を侵(おか)し
晴翠接荒城 晴翠(せいすい) 荒城に接す
又送王孫去 又王孫(おうそん)の去るを送る
萋萋満別情 萋萋(せいせい)として別情に満つ
和訳文
きれいに並んだ野原の草は
一年に一たび枯れて一たび茂る。
火で焼いても尽きることなく
春風吹けばまた生える。
遠くの草は古い道まで広がり
緑の草は荒れた城に接している。
こうしてまたあなたが遠くへ去リ行く。
草がいっせいに茂るさまは別れの情に
満ちている。
古原の草
原上に広がる草は一年に一たび枯れて
一たび茂る
火で焼けど尽きることなく春来れば
古道に広がり荒城に接す
貴公子の遠くへ行くを見送れば草青々と
別れを惜しむ
註 白居易(772ー846)、字は楽天。
29歳で進士に及第、翰林学士、左拾遺に
任ぜられたが、江州の司馬に流された事も
ある。その後、刺史等の職を勤め、晩年は
洛陽に閑居した。
その詩は流麗で平易、広く愛唱された。
長恨歌、琵琶行が最も有名。
日本の平安朝文学に大きな影響を及ぼした。
「白氏文集七十一巻」の他に風刺性に富む
「新楽府」五十首がある。
「唐詩選」には一首も採用されていないが、
最近の世界史の教科書(東京書籍)に
よれば、李白、杜甫、王維と共に
唐代の4大詩人の一人にあげられている。
これは白居易の初期の詩で、最近の教科書
(東京書籍)に載っている。
作者15、6歳の作という。
「賦得」題(ここでは古原草)が与えられて
作った詩の場合に賦得を題の前につける。
「離離たり」つぎつぎときれいに並び連なるさま。
「萋萋」草がいっせいにしげるさま。
「王孫」すぐれた人をいう尊称。
「賦得古原草送別」の文応と品詞
離離原上草(主)
「一歳(副)」「一(副)」枯(動)栄(動)
野火(主)焼(動)不(否定詞)尽(動)
春風(主)吹(動)「又(副)」生(動)
遠芳(主)侵(動)古道(目)
晴翠(主)接(動)荒城(目)
「又(副)」送(動)(王孫(主)去(動))(目)
「萋萋(副)」満(動)別情(補)
( )(目)は目的語に相当する名詞節。
重題(重ねて題す) 白居易
(香露峰下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、
偶たま東壁に題すとした詩の後に記したもの)
日高睡足猶慵起 日高く睡り足るも猶お起くるに
慵(ものう)し
小閣重衾不怕寒 小閣(しょうかく)に衾(しとね)を重ねて
寒さを怕(おそ)れず
遺愛寺鐘欹枕聴 遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き、
香爐峰雪撥簾看 香爐峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看る
匡廬便是逃名地 匡廬は便ち是れ名を逃るるの地
司馬仍為送老官 司馬(しば)はなを老(ろう)を送るの官たり
心泰身寧是帰処 心は泰く身も寧(やすら)かなるは
是(こ)れ帰する処(ところ)
故郷何独在長安 故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや
和訳文
日はもう高いのに、まだ起きるのが億劫である。
小さな草堂であるが、布団を重ねて寒さを恐れず。
遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、
香爐峰の雪は簾をあげて見る。
盧山は名前を隠すのに都合がよい所である。
司馬という役職は老後を送るのにふさわしい。
心身ともに安らかに居られる所こそ安住の
地である。
故郷はなぜ長安だけということがあろうか。
香炉峰の雪
日は高く目覚めど起くるに物憂くく、しとね重ねて
寒をおそれず
遺愛寺の鐘のひびきに枕より頭を上げて耳を傾く
寒き朝、香炉峰に降る雪を簾かかげて暫し眺める
巧名に縁なき盧山の土地にゐて老いにふさはしき
司馬の役なり
身もやすく心もやすき土地なれば長安のみを故郷と
思はず
註 817年、江州での作。
「小閣」小さいたかどの。
ここでは小さな家、草堂をさす。
「閣」たかどの。台脚でささえた建物。
「遺愛寺」香爐峰の北にあった寺。
「香爐峰」江西省九江市の南西、
盧山の北側にある山。
「盧山」江西省九江市の南にある山。
「匡廬」殷•周の時代に、匡俗という隠者が、
この山に住んだという伝説がある
ことから、盧山のことを匡廬山ともいう。
「司馬」州刺史の補佐を補佐して軍事をつか
さどった。実際は閑職であった。
この詩は昔の漢文の教科書に載っていた。
「香爐峰の雪」昔の古文の教科書を見ると、
枕草子に引用されている。
「重題」の文応と品詞
「日高(副)」睡(主)足(動)「猶(副)」
慵(動)起(目)
「小閣(副)」重(動)衾(目)不(否定詞)
怕(動)寒(目)
「遺愛寺鐘(副)」欹(動)枕(目)聴(動)
「香爐峰雪(副)」撥(動)簾(目)看(動)
匡廬(主)「便(副)」「是(副)」
(逃名地)(術)
司馬(主)「仍(副)」為(動)送老官(補)
八月十五日夜禁中独直対月憶元九 白居易
(八月十五日夜、禁中に独り直(とのゐ)し、月に対して元九を憶ふ)
銀台金闕夕沈沈 銀台門も宮城の門も夜は静かに
更けてゆく。
独宿相思在翰林 一人宿直し友のことを思いながら、
翰林に居る。
三五夜中新月色 十五夜の新月を見て、
二千里外故人心 二千里の外に居る友の心を思う。
渚宮東面煙波冷 渚宮の址の東には霧が冷たく
かかっていることだろう。
浴殿西頭鍾漏深 浴殿の西には時を知らせる鍾や
水時計の音が遠くから聞こえる。
猶恐清光不同見 この清らかな光が君には見えない
ことを愁える。
江陵卑湿足秋陰 江陵はじめじめとして秋の雲に
覆われていることだろう。
八月十五日の宿直
銀台の門も宮殿の城門も夜は深深と更けてゆくのみ
翰林の宿直(とのゐ)の部室に一人ゐて君を思うて
夜を過ごせり
今出でし十五夜の月ながめてははるかに君の心を思ふ
渚宮址の東に流れる川の面にかかりし霧も冷やかならん
浴殿の西より時を告げる鐘、漏刻の音も遠くに聞こゆ
君は今曇りがちなる江陵にをればこの月見ざるを愁ふ
註 39歳の作。
「元九」元鎮のこと。白居易の無二の親友。7歳年下。
詩人で高官。
九は排行(一族の祖父•父•兄弟•子などの
世代別の年齢による序列)。
この時、元鎮は江陵に左遷されていた。
「相思」相手を思う。相手をしたいあう。思慕する。
「在」ある(動詞)じっとそこにとまっている。
「銀台」宮門の名。銀台門。北に翰林院があった。
「金闕」宮城。「闕」は宮城の門。
「渚宮」元鎮が流されていた江陵の城内にあった
戦国時代の楚王の宮殿の古址。
水辺にあったのでこの名がある。
「鍾漏」時を知らせるかねと漏刻(水時計)。またその音。
「浴殿」宮中の浴室。浴堂殿。
「沈沈」夜がしめやかに更けていくさま。
「翰林」翰林院の略。唐の玄宗以来設けられた役所の名。
翰林学士が天子の詔勅を作成した役所。
「江陵」現在の湖北省江陵県。
「卑湿」土地が低くじめじめしている。
「秋陰」秋のくもり。
「足」(動)たりる。十分である。多い。
この詩は最近の教科書(三省堂)に載っている。
「二千里外故人心」昔の古文の教科書を見ると、
徒然草(137段)に引用されている。
賦得古原草送別 白居易(はくきょい)
(「古原の草」を賦し得て、別れを送る)
離離原上草 離離たる原上(げんじょう)の草
一歳一枯栄 一歳に一たび枯栄(こえい)す
野火焼不尽 野火(やか) 焼けども尽きず
春風吹又生 春風(しゅんぷう) 吹いて又生ず
遠芳侵古道 遠芳(えんぽう) 古道を侵(おか)し
晴翠接荒城 晴翠(せいすい) 荒城に接す
又送王孫去 又王孫(おうそん)の去るを送る
萋萋満別情 萋萋(せいせい)として別情に満つ
和訳文
きれいに並んだ野原の草は
一年に一たび枯れて一たび茂る。
火で焼いても尽きることなく
春風吹けばまた生える。
遠くの草は古い道まで広がり
緑の草は荒れた城に接している。
こうしてまたあなたが遠くへ去リ行く。
草がいっせいに茂るさまは別れの情に
満ちている。
古原の草
原上に広がる草は一年に一たび枯れて
一たび茂る
火で焼けど尽きることなく春来れば
古道に広がり荒城に接す
貴公子の遠くへ行くを見送れば草青々と
別れを惜しむ
註 白居易(772ー846)、字は楽天。
29歳で進士に及第、翰林学士、左拾遺に
任ぜられたが、江州の司馬に流された事も
ある。その後、刺史等の職を勤め、晩年は
洛陽に閑居した。
その詩は流麗で平易、広く愛唱された。
長恨歌、琵琶行が最も有名。
日本の平安朝文学に大きな影響を及ぼした。
「白氏文集七十一巻」の他に風刺性に富む
「新楽府」五十首がある。
「唐詩選」には一首も採用されていないが、
最近の世界史の教科書(東京書籍)に
よれば、李白、杜甫、王維と共に
唐代の4大詩人の一人にあげられている。
これは白居易の初期の詩で、最近の教科書
(東京書籍)に載っている。
作者15、6歳の作という。
「賦得」題(ここでは古原草)が与えられて
作った詩の場合に賦得を題の前につける。
「離離たり」つぎつぎときれいに並び連なるさま。
「萋萋」草がいっせいにしげるさま。
「王孫」すぐれた人をいう尊称。
「賦得古原草送別」の文応と品詞
離離原上草(主)
「一歳(副)」「一(副)」枯(動)栄(動)
野火(主)焼(動)不(否定詞)尽(動)
春風(主)吹(動)「又(副)」生(動)
遠芳(主)侵(動)古道(目)
晴翠(主)接(動)荒城(目)
「又(副)」送(動)(王孫(主)去(動))(目)
「萋萋(副)」満(動)別情(補)
( )(目)は目的語に相当する名詞節。
重題(重ねて題す) 白居易
(香露峰下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、
偶たま東壁に題すとした詩の後に記したもの)
日高睡足猶慵起 日高く睡り足るも猶お起くるに
慵(ものう)し
小閣重衾不怕寒 小閣(しょうかく)に衾(しとね)を重ねて
寒さを怕(おそ)れず
遺愛寺鐘欹枕聴 遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き、
香爐峰雪撥簾看 香爐峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看る
匡廬便是逃名地 匡廬は便ち是れ名を逃るるの地
司馬仍為送老官 司馬(しば)はなを老(ろう)を送るの官たり
心泰身寧是帰処 心は泰く身も寧(やすら)かなるは
是(こ)れ帰する処(ところ)
故郷何独在長安 故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや
和訳文
日はもう高いのに、まだ起きるのが億劫である。
小さな草堂であるが、布団を重ねて寒さを恐れず。
遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、
香爐峰の雪は簾をあげて見る。
盧山は名前を隠すのに都合がよい所である。
司馬という役職は老後を送るのにふさわしい。
心身ともに安らかに居られる所こそ安住の
地である。
故郷はなぜ長安だけということがあろうか。
香炉峰の雪
日は高く目覚めど起くるに物憂くく、しとね重ねて
寒をおそれず
遺愛寺の鐘のひびきに枕より頭を上げて耳を傾く
寒き朝、香炉峰に降る雪を簾かかげて暫し眺める
巧名に縁なき盧山の土地にゐて老いにふさはしき
司馬の役なり
身もやすく心もやすき土地なれば長安のみを故郷と
思はず
註 817年、江州での作。
「小閣」小さいたかどの。
ここでは小さな家、草堂をさす。
「閣」たかどの。台脚でささえた建物。
「遺愛寺」香爐峰の北にあった寺。
「香爐峰」江西省九江市の南西、
盧山の北側にある山。
「盧山」江西省九江市の南にある山。
「匡廬」殷•周の時代に、匡俗という隠者が、
この山に住んだという伝説がある
ことから、盧山のことを匡廬山ともいう。
「司馬」州刺史の補佐を補佐して軍事をつか
さどった。実際は閑職であった。
この詩は昔の漢文の教科書に載っていた。
「香爐峰の雪」昔の古文の教科書を見ると、
枕草子に引用されている。
「重題」の文応と品詞
「日高(副)」睡(主)足(動)「猶(副)」
慵(動)起(目)
「小閣(副)」重(動)衾(目)不(否定詞)
怕(動)寒(目)
「遺愛寺鐘(副)」欹(動)枕(目)聴(動)
「香爐峰雪(副)」撥(動)簾(目)看(動)
匡廬(主)「便(副)」「是(副)」
(逃名地)(術)
司馬(主)「仍(副)」為(動)送老官(補)
八月十五日夜禁中独直対月憶元九 白居易
(八月十五日夜、禁中に独り直(とのゐ)し、月に対して元九を憶ふ)
銀台金闕夕沈沈 銀台門も宮城の門も夜は静かに
更けてゆく。
独宿相思在翰林 一人宿直し友のことを思いながら、
翰林に居る。
三五夜中新月色 十五夜の新月を見て、
二千里外故人心 二千里の外に居る友の心を思う。
渚宮東面煙波冷 渚宮の址の東には霧が冷たく
かかっていることだろう。
浴殿西頭鍾漏深 浴殿の西には時を知らせる鍾や
水時計の音が遠くから聞こえる。
猶恐清光不同見 この清らかな光が君には見えない
ことを愁える。
江陵卑湿足秋陰 江陵はじめじめとして秋の雲に
覆われていることだろう。
八月十五日の宿直
銀台の門も宮殿の城門も夜は深深と更けてゆくのみ
翰林の宿直(とのゐ)の部室に一人ゐて君を思うて
夜を過ごせり
今出でし十五夜の月ながめてははるかに君の心を思ふ
渚宮址の東に流れる川の面にかかりし霧も冷やかならん
浴殿の西より時を告げる鐘、漏刻の音も遠くに聞こゆ
君は今曇りがちなる江陵にをればこの月見ざるを愁ふ
註 39歳の作。
「元九」元鎮のこと。白居易の無二の親友。7歳年下。
詩人で高官。
九は排行(一族の祖父•父•兄弟•子などの
世代別の年齢による序列)。
この時、元鎮は江陵に左遷されていた。
「相思」相手を思う。相手をしたいあう。思慕する。
「在」ある(動詞)じっとそこにとまっている。
「銀台」宮門の名。銀台門。北に翰林院があった。
「金闕」宮城。「闕」は宮城の門。
「渚宮」元鎮が流されていた江陵の城内にあった
戦国時代の楚王の宮殿の古址。
水辺にあったのでこの名がある。
「鍾漏」時を知らせるかねと漏刻(水時計)。またその音。
「浴殿」宮中の浴室。浴堂殿。
「沈沈」夜がしめやかに更けていくさま。
「翰林」翰林院の略。唐の玄宗以来設けられた役所の名。
翰林学士が天子の詔勅を作成した役所。
「江陵」現在の湖北省江陵県。
「卑湿」土地が低くじめじめしている。
「秋陰」秋のくもり。
「足」(動)たりる。十分である。多い。
この詩は最近の教科書(三省堂)に載っている。
「二千里外故人心」昔の古文の教科書を見ると、
徒然草(137段)に引用されている。