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大学院生航海日誌

日々の雑感、様々の事象の考察を
つづっていきます。

高嶋哲夫著『ミッドナイトイーグル』を読了。


映画化に至った作品の小説版を読むというのは、ノセラレタ感がぬぐえず、しばらく積読状態でしたが、

他に読むものもなくとりあえず読み始めたところ、


物語の展開のテンポがよく、一気に読み進めた作品でした。


この作家さんの他の著作としては、

「tsunami」、「メルトダウン」、「原発クライシス」など、科学技術系のシビルアクシデントを扱った作品が

多く、

そちらの作品も非常に楽しみといったところですね。








現在、福岡メディア批評フォーラムという勉強会に参加しています。

今日は、自身で二度目の参加の機会で、

内容は、三池争議と、石川県珠洲原発(原発設置には至ってません)の立地過程を

描いたものを扱っての議論でした。



原発立地過程というと、自治体は電源三法による電源立地交付金を目当てに原発立地を

受け入れるという話がよくなされますが、

逆にそれ以外の話は多く出てはきません。


今回のドキュメンタリーの内容は、メジャーな電源立地交付金の話ではなく、

電力会社が、原発立地過程において当該自治体においてどのような働きを行っているのか、

それを受けて住民に対してどのような影響が出てくるのか、を描いたもので、

自身としては、初めての知見でした。


ややアバウトな表現となってしまいましたが、

立地までの過程において、


関西電力は、現地に立地交渉班を置き、各家庭に原発の必要性、問題なさを説いて回る役目を担わせ、

同時に、将来の土地取得に先駆けた、土地の賃貸借契約を締結に奔走します。


他方で、住民側は、関電側の土地買収(正確には、賃貸借契約なので、買収ではないですが)戦略に

対抗し、土地共有を行い、当該地域に虫食い状に自分たちの「領地」を確保していきます。


その過程で、原発推進側と原発立地反対側は、地域内部において、対立を生み、場合によっては、隣人

同士で話もなくなるといった事態まで生まれるようになり、

まさに原発によって町が分裂の様相を呈する様が、本作では描かれています。


賞賛されてしかるべきなのは、

この地域の戸籍謄本を集めに集めて、「土地取得マップ」を作成し、どの勢力がどれぐらい土地獲得を

進めているのか、換言すれば、その地域において何が起こっているのか、を正確にデータを基にして

立論を進めていることです。


内容としても独自性、面白さも当然ですが、

丹念な取材力、正確な立論等、作り手の能力の高さに感嘆するのみでした。

(お酒が入っているので、いつになく饒舌です。)


さて、作者との質疑応答の中で、

・現地に行って、取材をしている中で、「あれおかしいな、どうなってるの?」みたいな漠とした感覚を

 大切にすること

・言わば刑事のごとく、感情的でなく、正確な証拠を基に、立論を進めることの大切さ


を主張しておられた部分が印象的ですね。


一か月後くらいに、自分は、福島原発に関する報告をしないといけないので、

それを作るにあたっても、大いに刺激となるものでした。























「隠し剣鬼の爪」『隠し剣狐影抄』藤沢周平著を読了。


本棚からもぞもぞと取り出す。


プライベートで相当に大きな悩みが生じており、

結構なフラストレーションの高まりには、その時々に困るものがあります。



巧い言い回しによる、女性の所作の可愛らしさの表現などを目にすると、

思わず微笑み、気が紛れるものですね。








所属ゼミの方で、本政策法務に参加できなかった方がいたので、

自身の整理と共に、当日に議論を紹介するものです。


こういった会では、実務の方・現場ならではのお話をお伺いでき、まさに色々なお話しが出できて

いましたが、

本筋の議論の焦点としては、割と一つに集約されていたのかなという個人の印象です。


その焦点とは、

論者の言う福祉政策の幅を広げる必要性という主張

(論者レジュメからの抜粋:ここで言う「自立支援」とは、社会福祉法の基本理念にある「利用者が心身共に健やかに育成され、又はその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように支援するもの」を意味し、就労による経済的自立のための支援(就労自立支援)のみならず、それぞれの被保護者の能力やその抱える問題等に応じ、身体や精神の健康を回復・維持し、自分で自分の健康・生活管理を行うなど日常生活において自立した生活を送るための支援(日常生活自立支援)や、社会的なつながりを回復・維持するなど社会生活における自立の支援(社会生活自立支援)をも含むもの)

「生活保護制度の在り方に関する専門委員会報告書」(2004年)


その主張に対して、そういった思考を政策課題とすることは、生活保護法の目的の範囲内であるのかどうか

といった意見が提示されました。


この点に関する議論としては、全体に否定的な意見が多かったですが、

Yさんからは、生活保護法第一条「自立」の文言に、上記のような趣旨を読み込むことも、自治体の法解釈権

として可能ではないかと意見され、また筆者もこれに与するものです。


なお、実際に法目的の範囲内にあたるかは、法律以下の種々の法令に当該目的を読み込むかことが可能

と言えるほどの規定が入っているかが参考になりますが、これについては当日では結論は出ずでした。


しかし、個人的にはこの議論が今一つ分からないところです。

仮に読み込めたとして、自治体にその事業をやる必要はないが、事業化は当然可能です。

読み込めなかったとしても、自治体は自主事業として、その事業をすることも可能です。


つまり、当該事業をやるかどうかは、法目的の範囲内かどうかに関わりなく、自治体の意思決定如何の

問題ではないか。

とすると、法目的の範囲内かどうかという議論は特に実益を持たないものの、それに拘泥した理由が分からずで、

下種の勘繰り的には「読み込めないからやる必要はない」という不作為の理由づけのための議論のようにも思えるが、いかがなのでしょうか…。


さて話は個人の疑問にそれましたが、結論としては以下の方向に。


上記に見た論者の問題意識に基づく事業は他主管部局の下ですでに存在しているという指摘がなされ、

問題なのは、そういった事業が存在するにも関わらず、ケースワーカー職員がその事業を知らないという

ことだとの指摘が出ました。

確かに、重要な指摘です。

しかし、某市生活保護行政の職員は、主に1年目、2年目の職員が充当され、他の部局の事業でどのような

ものがあるのか知りえないというのが実情なのでしょう。

総合行政的な取り組みの必要性は誰しも否定しませんが、それを可能とするような人事体制、組織体制の

重要性につながる面白い指摘だったと思います。


最後に、従来の生保行政の目的としては、就労自立支援がありますが、

就労したとしても生保以下の賃金しか獲得しえないという状況ならば、就労自立のインセンティブも

成立しないでしょう。生保行政の一つのゴール、目的たる就労自立が、生保受給者の人にとって、

実際にゴールとして認識されているのか、されていないとしたら相当に由々しき問題であることも

最後に付言しておきます。








松本清張著

 『点と線』(昭和33年2月、光文社)、

 『蒼い描点』(昭和34年9月、光文社)、を読了しました。


清張作品は、今まで映画化された「ゼロの焦点」を見ただけで、

著作物を手にとったことはなかったので、有名作だけでもと思い、

『点と線』を購入しましたが、やはり素晴らしい作品でした。


内容等の紹介は省きますが、この感動の流れで、他作品に手を広げ、『蒼い描点』の

購入に至りましたが、…失敗だったでしょうか。


600頁以上にわたる長編でしたが、冒頭から終盤にかけてまで事件の構図に大きな変化は

ないにも関わらず、構図の説明に係る記述が繰り返し出る傾向があり、

読者としてはやや退屈に感じてしまう。

もっとも、結論としてのどんでん返しは意外性が大いにありましたが。


なお最後に、ここでは本稿ではなく、解説の面白さにつき付言しておきます。

「蒼い描点」解説では、大正から昭和にかけての推理小説の内容、形態、特性の沿革が紹介され、

清張作品の独自性がなんたるかの説明がなされています。

短い文章なので、書店で立ち読みも十分に可能と思われます。


この説明が日本の推理小説会においてどれほど妥当であるのか、自明であるのか、筆者には及びも

つかないところですが、

この考察の時代範囲としては、大正から清張の登場した昭和中期までのものなので、

個人的には、その時期以降、日本の推理小説の形態がどのような形で推移しているのか、についての

考察はどのようなものがあるのか気になるところです。