「海軍省刻印箱」についての続編をお伝えします。

 

海軍省刻印箱については、前回の記事で一件落着と考えていました。

しかし、ここにきて新たな証拠が見つかるという思いがけない展開が起きました。

 

今までのような憶測とは違い、箱の使い道についての明確な証拠が出たことにより、「弁当箱vs遺品箱」論争に決着をつけることができそうです。

 

 

この箱の使用目的とは?

 

これまでの経緯

あれこれと懸命に調べてみたが、これといった確証を見つけることができなかった「海軍省刻印箱」。知り得る範囲内での情報では、弁当箱もしくは遺品箱だという二つの説に分かれています。

 

前回の記事で述べた通り、弁当箱という説は恐らく的外れだと考えているのですが・・・。

公的な展示会や資料館で「弁当箱」と紹介している所がいくつかあり、その情報が拡散されている気がします。

ネットで見てしまうと無意識のうちにその憶測を摺り込まれてしまいます。

生れてはじめて見たモノを親だと思うヒヨコのように。(笑)

戦争体験コーナーとか歴史展示会でそう書いてあれば普通は信用しますよね。

手に入れたばかりの頃は、小生も弁当箱だと信じていましたから。

 

しかし、軍装店の方やコレクターといわれる情報通の意見をまとめてみると、俗に言われている弁当箱ではなく、限りなく遺品箱の可能性が高いだろうという結論に達します。

 

その根拠としては以下の3点。

①海軍省の刻印

海軍省刻印が入っていることにに違和感がある。海軍省内での弁当箱ならありえるかもしれないが、他で使われるとは考え難い。

②箱の大きさ

弁当箱としては大きすぎる。海軍での弁当箱はいくつかあるが、量の多い場合は大小の二個持ちになっている場合が多い。

③箱の傷み

現存の箱の状態が良すぎる。弁当箱として酷使されたにしては傷みが少な過ぎるのではないだろうか。未使用に近いものが多く見つかるのはおかしい。

 

これらを踏まえて、遺品箱という説の方が正しいだろうと判断したのでした。

 

新たな証拠が出てくるまでは・・・

 

予想外の展開

紆余曲折の末、遺品箱説に落ち着きました。

今後は弁当箱ではなく、遺品箱と認識しようと考えていました。

ところが新たな資料の発見により、この仮説が一瞬にして脆く崩れ去ることになったのです。

 

幸運がもたらした証拠

ネットでいつものように軍装について調べていたところ、ある方の記事で「この箱」についての貴重な証拠がアップされているのを発見したのです。

偶然なのか、それとも必然なのか、なにげなく入力した検索キーワードが貴重な証拠に辿り着いたのです。

 

その記事を見たとき、余りの驚きにしばらく固まっていました。

「食い入るように見る」まさにそんな感じでした。

その後、記事を発信されていた方「kon」氏にメール送ったのでした。

 

五二整備士
 

こんにちは。

「海軍省刻印の箱」の記事についてですが・・・

~中略~

是非、私のブログで掲載したいのですが、許可を頂けませんか?

 

kon
 

メールありがとうございます。

~中略~

記事の流用(画像も含めて)は全く問題ありません。 お役に立てれば嬉しいです。

 

見ず知らずの小生の連絡にも関わらず、とても親切に対応して頂き、情報と画像の流用についても許可をして下さいました。

奇跡的に見つけられたこと、そして快く情報提供してもらえたこと、まさに幸運でした。

 

海軍省刻印箱の正体

「海軍省刻印箱」

 

この箱の正体は、なんと「医療箱」でした。

新たな証拠は、弁当箱でも遺品箱でもなく、医療箱であったことを伝えるものでした。

 

散華された兵士の遺族へ、海軍人事部から「遺籍の微意を表し」贈呈されたのです。

後々、この贈呈という行為が、遺品箱として送られたという勘違いに繋がった可能性があります。

 

これまで色々な情報がありましたが、医療箱という推測は聞いたことがありません。

考えもしなかった意外な事実に驚きました。

 

そして、この箱は前回、大東亜戦争前に使われていたようだという説も外れています。

今回提供して頂いた資料では、昭和19年11月に海軍人事部から贈呈されています。

大東亜戦争真っ只中です。いや、もはや戦況は悪化してきた時期ですね。

 

物資が枯渇する中、貴重なアルミを使用した箱を渡す真意は?

 

海軍人事部から渡された通達文を読むと、「大東亜戦争決勝」「戦力増強」など遺族を鼓舞する言葉が多くみられます。「国民の力(銃後の力)」を更に求める意味合いが見え隠れしているように感じます。

 

奇跡の通達文

医療箱が遺族に贈呈された時、同梱されていた海軍人事部からの書面を公開します。

この通達文が70年以上も残っていたことが奇跡とも言えます。

kon氏の許可を得て掲載しております。

 

 

 

上の画像は提供して頂いた実物の画像です。

医療箱の中に海軍人事部からの通達文が入っています。医療書は1冊と書いてありますが、入っていたのは一枚の紙のようです。もしかしたら薄い冊子のようなものが入っていた可能性もありますが、これ以上の情報はありません。

 

部分的に消えたり見え難い文字を補填し、原文を読み易くして画像として作ってみました。

 

遺族への通達文

 

医療書

 

この用法書からすると、薬や器具も同梱されていた可能性がありますね。

当時の物資不足である時期を考えるで、医薬品は大変貴重だったのではないでしょうか。

 

おわりに

「弁当箱 vs 遺品箱」 推測合戦に一石を投じられたと思うのですが、皆さんはどう感じられたでしょうか。

海軍人事部による箱の使い方が分かり、モヤモヤしていた気持ちが晴れました。

 

もちろん、本来の目的とは違い、弁当箱や遺品箱として使用されたかもしれません。他の方の推測を否定はしないこともお伝えしておきます。戦時中ですから混乱も多くあった筈です。

今回の記事以外で情報をお持ちの方がおられましたら、是非教えて頂ければと思います。

 

今回の情報を大切に保管され、協力して下さったkon氏に感謝を申し上げます。

kon氏はかなりのミリタリー通です。興味のある方は覗いてみて下さい。

色々と勉強になるミリタリー収集品のブログはこちら

いつだってミリタリアン!

 

今年で戦後76年、時の流れと共に戦争体験を語って下さる方も少なくなりました。

当時の記録や情報、貴重な品々が次々に失われています。

それらは、あの不幸な時代の戒めとしてとても貴重だと思うのです。

私たちはそれらを守り、正確に後世に伝える責任があるのではないでしょうか。

 

五二整備士